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かみなり
作品ID3521
著者海野 十三
文字遣い新字新仮名
底本 「海野十三全集 第5巻 浮かぶ飛行島」 三一書房
1989(平成元)年4月15日
初出「サンデー毎日 秋期特大号」毎日新聞社、1936(昭和11)年9月
入力者tatsuki
校正者花田泰治郎
公開 / 更新2005-05-31 / 2014-09-18
長さの目安約 41 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

     1


 山岳重畳という文字どおりに、山また山の甲斐の国を、甲州街道にとって東へ東へと出てゆくと、やがて上野原、与瀬あたりから海抜の高度が落ちてきて、遂に東京府に入って浅川あたりで山が切れ、代り合って武蔵野平野が開ける。八王子市は、その平野の入口にある繁華な町である。
 ――待って下さい、その八王子を、まだ少し東京の方へゆくのである。そう、六キロメートルも行けばいいが、それに大して賑かではないけれど、近頃頓に戸口が殖えてきた比野町という土地がある。
 それは梅雨もカラリと上った七月の中旬のこと、日も既に暮れてこの比野の家々には燭力の弱い電灯がつき、開かれた戸口からは、昔ながらの蚊遣りの煙が濛々とふきだしていた。
 丁度その頃、一人の見慣れない紳士が、この町に入ってきた。その風体は、およそこの田舎町に似合わしからぬ立派なもので、パナマ帽を目深に被り、右手には太い藤の洋杖をつき、左手には半ば開いた白扇を持ち、その扇面を顔のあたりに翳して歩いていた。彼はなんとなく拘りのある足どりをして道の両側に立ち並ぶ家々の様子に、深い警戒を怠らないように見えた。
 町は狭かった。だから彼は間もなく町外れに出てしまった。
 闇の中に水田は、白く光っていた。そしてそこら中から、仰々しい殿様蛙の鳴き声があがっていた。彼の紳士は、ホッと溜息を漏らすと、帽子を脱いだ。稲田の上を渡ってくる涼しい夜風が紳士の熱した額を快く冷した。
「……思ったとおりだ。……今に見て居れ」
 紳士は、町の方をふりかえると、低い声で独り言を云った。
 彼は、恐ろしい殺人計画を、自分だけの胸中に秘めて、この比野の町へ入りこんできたのだった。紳士と殺人計画! 一体彼は何者なのであろうか?
 折から、同じ道を、向うの方からこっちへ近づいてくる人影があった。人数は二人、ピッタリと身体を寄せ合って、やってくる。なにかボソボソと囁きあっているが、話の意味はもちろん分らない。だがたいへん話に熱中していると見え、路傍に紳士が立っているのにも気づかぬらしく、通りすぎようとした。
「……モシ、ちょっと。……」
 と紳士が暗闇から声をかけると、
「うわッ……」
 というなり、二人の男は、その場に立ち竦んでしまった。そのときカランカランと音がして、長い竹竿が二人の足許に転がった。
「ちょっとお尋ねするが、この村に、大工さんで松屋松吉という人が住んでいたですが、御存知ありませんかナ」
「えッ……」
 といって二人は顔を見合わせた。
「どうです。御存知ありませんかナ」
 と紳士が重ねて尋ねると、そのうちの一人が、ひどくおんぼろな衣服の襟をつくろいながら、オズオズと口を開いた。
「ええ、松吉というのは、儂のことですが、そう仰有る貴方は、どなたさんで……」
「ナニ、あんたが松吉さんだったのか。これは驚いた」と、紳士はギクリと身体を顫…

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