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雪たたき
ゆきたたき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「昭和文学全集 第4巻」 小学館
1989(平成元)年4月1日
入力者kompass
校正者今井忠夫
公開 / 更新2003-06-03 / 2014-09-17
長さの目安約 58 ページ(500字/頁で計算)
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本文より



 鳥が其巣を焚かれ、獣が其窟をくつがえされた時は何様なる。
 悲しい声も能くは立てず、うつろな眼は意味無く動くまでで、鳥は篠むらや草むらに首を突込み、ただ暁の天を切ない心に待焦るるであろう。獣は所謂駭き心になって急に奔ったり、懼れの目を張って疑いの足取り遅くのそのそと歩いたりしながら、何ぞの場合には咬みつこうか、はたきつけようかと、恐ろしい緊張を顎骨や爪の根に漲らせることを忘れぬであろう。
 応仁、文明、長享、延徳を歴て、今は明応の二年十二月の初である。此頃は上は大将軍や管領から、下は庶民に至るまで、哀れな鳥や獣となったものが何程有ったことだったろう。
 此処は当時明や朝鮮や南海との公然または秘密の交通貿易の要衝で大富有の地であった泉州堺の、町外れというのでは無いが物静かなところである。
 夕方から零ち出した雪が暖地には稀らしくしんしんと降って、もう宵の口では無い今もまだ断れ際にはなりながらはらはらと降っている。片側は広く開けて野菜圃でも続いているのか、其間に折々小さい茅屋が点在している。他の片側は立派な丈の高い塀つづき、それに沿うて小溝が廻されている、大家の裏側通りである。
 今時分、人一人通ろうようは無い此様なところの雪の中を、何処を雪が降っているというように、寒いも淋しいも知らぬげに、昂然として又悠然として田舎の方から歩いて来る者があった。
 こんなところを今頃うろつくのは、哀れな鳥か獣か。小鳥では無いまでも、いずれ暖い洞窟が待っているのでは無い獣でもあるか。
 薄筵の一端を寄せ束ねたのを笠にも簑にも代えて、頭上から三角なりに被って来たが、今しも天を仰いで三四歩ゆるりと歩いた後に、いよいよ雪は断れるナと判じたのだろう、
「エーッ」
と、それを道の左の広みの方へかなぐり捨てざまに抛って了った。如何にも其様な悪びれた小汚い物を暫時にせよ被ていたのが癇に触るので、其物に感謝の代りに怒喝を加えて抛棄てて気を宜くしたのであろう。もっとも初から捨てさせるつもりで何処ぞで呉れ、捨てるつもりで被て来たには相違無いわびしいものであった。
 少し速足になった。雪はもとよりべた雪だった。ト、下駄の歯の間に溜った雪に足を取られて、ほとほと顛びそうになった。が、素捷い身のこなし、足の踏立変えの巧さで、二三歩泳ぎはしたが、しゃんと踏止まった。
「エーッ」
 今度は自分の不覚を自分で叱る意で毒喝したのである。余程肚の中がむしゃくしゃして居て、悪気が噴出したがっていたのであろう。
 叱咤したとて雪は脱れはしない、益々固くなって歯の間に居しこるばかりだった。そこで、ふと見ると小溝の上に小さな板橋とおぼしいのが渡っているのが見えたので、其板橋の堅さを仮りてと橋の上にかかったが、板橋では無くて、柴橋に置土をした風雅のものだったのが一ト踏で覚り知られた。これではいけぬと思うより早く橋を…

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