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外套
がいとう
著者
翻訳者平井 肇
文字遣い新字新仮名
底本 「外套・鼻」 岩波文庫、岩波書店
1938(昭和13)年1月20日、1965(昭和40)年4月16日第20刷改版
入力者柴田卓治
校正者Juki
公開 / 更新1999-01-13 / 2014-09-17
長さの目安約 75 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ある省のある局に……しかし何局とはっきり言わないほうがいいだろう。おしなべて官房とか連隊とか事務局とか、一口にいえば、あらゆる役人階級ほど怒りっぽいものはないからである。今日では総じて自分一個が侮辱されても、なんぞやその社会全体が侮辱されでもしたように思いこむ癖がある。つい最近にも、どこの市だったかしかとは覚えていないが、さる警察署長から上申書が提出されて、その中には、国家の威令が危殆に瀕していること、警察署長という神聖な肩書がむやみに濫用されていること等が明記されていたそうである。しかも、その証拠だといって、件の上申書には一篇の小説めいたはなはだしく厖大な述作が添えてあり、その十頁ごとに警察署長が登場するばかりか、ところによっては、へべれけに泥酔した姿を現わしているとのことである。そんな次第で、いろんな面白からぬことを避けるためには、便宜上この問題の局を、ただ【ある局】というだけにとどめておくに如くはないだろう。さて、そのある局に、【一人の官吏】が勤めていた――官吏、といったところで、大して立派な役柄の者ではなかった。背丈がちんちくりんで、顔には薄あばたがあり、髪の毛は赤ちゃけ、それに目がしょぼしょぼしていて、額がすこし禿げあがり、頬の両側には小皺が寄って、どうもその顔いろはいわゆる痔もちらしい……しかし、これはどうも仕方がない! 罪はペテルブルグの気候にあるのだから。官等にいたっては(それというのも、わが国では何はさて、官等を第一に御披露しなければならないからであるが)、いわゆる万年九等官というやつで、これは知っての通り噛みつくこともできない相手をやりこめるというまことにけっこうな習慣を持つ凡百の文士連から存分に愚弄されたり、ひやかされたりしてきた官等である。この官吏の姓はバシマチキンといった。この名前そのものから、それが短靴に由来するものであることは明らかであるが、しかしいつ、いかなる時代に、どんなふうにして、その姓が短靴という言葉から出たものか――それは皆目わからない。父も祖父も、あまつさえ義兄弟まで、つまりバシマチキン一族のものといえば皆が皆ひとりのこらず長靴を用いており、底革は年にほんの三度ぐらいしか張り替えなかった。彼の名はアカーキイ・アカーキエウィッチといった。あるいは、読者はこの名前をいささか奇妙なわざとらしいものに思われるかもしれないが、しかしこの名前はけっしてことさら選り好んだものではなく、どうしてもこうよりほかに名前のつけようがなかった事情が、自然とそこに生じたからだと断言することができる。つまり、それはこういうわけである。アカーキイ・アカーキエウィッチは私の記憶にして間違いさえなければ、三月二十三日の深更に生まれた。今は亡き、そのお袋というのは官吏の細君で、ひどく気だての優しい女であったが、然るべく赤ん坊に洗礼を施こそうと考えた。…

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