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逗子より
ずしより
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本随筆紀行第五巻 関東 風吹き騒ぐ平原で」 作品社
1987(昭和62)年10月10日
入力者門田裕志
校正者林幸雄
公開 / 更新2003-12-02 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 拝啓、愚弟におんことづけの儀承り候。来月分新小説に、凡兆が、(涼しさや朝草門に荷ひ込む)趣の、やさしき御催しこれあり、小生にも一鎌仕れとのおほせ、ゐなかずまひのわれらにはふさはしき御申しつけ、心得申して候。
 まづ、何処をさして申上げ候べき。われら此の森の伏屋、小川の芦、海は申すまでも候はず、岩端、松蔭、朝顔、夕顔、蛍、六代御前の塚は凄く涼しく、玄武寺の竜胆は幽に涼しく、南瓜の露はをかしげに涼しく、魚屋の盤台の鱸は……実は余りお安値からず涼しく、ものにつけ涼しからぬはこれなく候。わけて此の頃や、山々のみどりの中に、白百合の俤こそなつかしく涼しく候へ。
 なかにも、尊く身にしみて膚寒きまで心涼しく候は、当田越村久野谷なる、岩殿寺のあたりに候。土地の人はたゞ岩殿と申して、石段高く青葉によづる山の上に、観世音の御堂こそあり候。
 停車場より、路を葉山の方にせず、鎌倉の新道、鶴ヶ岡までトンネルを二つ越して、一里八町と申し候方に、あひむかひ候へば、左に小坪の岩の根、白波の寄するを境に、青田と浅緑の海とをながめ、右にえぞ菊、孔雀草、浦島草、おいらん草の濃き紅、おしろい草、装を凝したる十七八の農家つゞきに、小さく停車場の全幅を望みつゝ、やがて、踏切を越して、道のほど二町ばかり参り候へば、水田の畔に建札して、板東三十三番の内、第二番の霊場とござ候。
 早や遠音ながら、声冴えて、谺に響く夏鶯の、山の其方を見候へば、雲うつくしき葉がくれに、御堂の屋根の拝まれ候。
 鎌倉街道よりはわきへそれ、通りすがりの打見には、橿原の山の端にかくれ、人通りしげき葉山の路とは、方位異なり、多くの人は此の景勝の霊地を知らず、小生も久しく不心得にて過ぎ申候。
 尤も、海に参り候、新宿なる小松原の中よりも、遠見に其の屋根は見え候を、後に心づき候へども、旗も鳥居もあるにこそ、小やかなる茅屋とて、たゞ山の上の一軒家とのみ、あだに見過ごされ申すべく、況して海水帽あひ望み、白脛、紅織るが如くに候をや、道心御承知の如き小生すら、時々富士の雪の頂さへ真正面に見落して、浴衣に眼を奪はれ候。
 東鑑の十三に、委しき縁起候とよ。いにしへは七堂伽藍、雲に聳え候が、今は唯麓の小家二三のみ。
 当春、はじめて詣で候折は、石段も土にうづもれて、苔に躓くばかりあゆみなやみ候が、志すものありて、近頃は見事に修復出来申候。
 麓の里道、其石段まで、爪さきあがりの二町ばかりがほど、背戸の花、屋根の草相交り、茄子の夕日、胡瓜の風、清き流颯と走りて、処々水の隅に、柄長き柄杓を添へたるも、なか/\の風情に候。此処を蛍の名所と申すを、露草の裏すくばかり、目のあたりにうかべながら、未だ怠りて参り見ず。
 夜は然こそと存じ候。
 折りからと申し、御言をつたへながら遊びに参り候、愚弟をともなひ、盆前の借罪消滅のため、一寸参詣いたし候。石段は三階の…

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