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読書八境
どくしょはっきょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆36 読」 作品社
1985(昭和60)年10月25日
入力者渡邉つよし
校正者門田裕志
公開 / 更新2001-09-12 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 古語に居は気を移すとあるが、居所に依つて気分の異なるは事実である。読書も境に依つて其味が異なるのは主として気分が違ふからで、白昼多忙の際に読むのと、深夜人定まる後に読むのとに相違があり、黄塵万丈の間に読むのと、林泉幽邃の地に読むのとではおのづから異なる味がある。忙中に読んで何等感興を覚えないものを間中に読んで感興を覚えることがあり、得意の時に読んで快とするものを失意の時読んで不快に感ずることもある。人の気分は其の境遇で異なるのみならず、四季朝夕其候其時を異にすれば亦同じきを得ない。随つて読書の味も亦異ならざるを得ないのである。今境に依り書味の異なるものを案じ、八目を選び、之を読書八境といふ。

一 羈旅
二 酔後
三 喪中
四 幽囚
五 陣営
六 病蓐
七 僧院
八 林泉

(一)羈旅は舟車客館其総べてを包羅するのであるが、多くの侶伴のある場合や極めて近距離の旅は別として、大体旅中は沈黙の続く時である。無聊遣る瀬のない時である。シンミリ書物に親しみ得るは此時であらねばならぬ。云ふまでもなく旅中には多くの書籍を携へ得ない。行李に収むるものは僅かに二三に過ぎぬ。書斎などでは多くの書冊が取巻いてゐるから、移り気がして一書に専らなることを得ないが、旅中侶伴となる書物は一二に過ぎないから精読が出来る。亦翫味も出来る。幾十時間に渉る汽車中、幾十日にわたる船中、滞留幾週間にわたる旅舎に於て、煢々孤独で唯友とするは書巻の外に無いから、通常躁急に卒読して何も感じないものを、此場合に於て大いに得る所がある、終生忘れ難い深い印象も此時に得るのである。
(二)酔後は精神が興奮してゐるから、沈着の人でも粗豪となる。勿論細心に書物を熟読するの時ではない。併し会心の書を読んで感興を覚えるのは此時である。支那の酔人は「離騒」を読んで興ずると云ふが、「離騒」にあらずとも詩篇は概ね酔後の好侶伴である。読史古今の治乱を辿るも亦一興であらう。閨房の書も恐らく酔臥の時に適するものであらう。酔後は精神活動し百思湧く時であるから、書を読んで己れの思想を助けるヒントを得ることもある。詩人が酒後に考案を得るのも此故である。亦常よりも著者に同感を寄することもあるが、著者に反感を抱くも亦此時である。
(三)喪中は憂愁悲哀の時で、精神が沈んでゐる。排悶の為めに精神を引立てる書を選んで読むものが多い。亦好んで同じ境地の人の書いたものを読むものもある。概して宗教の書が此場合に適する。謹慎中であるから難解の書物も手に取る気もおこる。併し尤も同情を惹くものは悲哀の書である。通常看過することも此場合には看過することは無い。平生無感覚で読過することも此場合痛切を感ずる。故人の遺稿などを取り出して翫味する機会も此時であらう。故人を偲ぶにはこれ以上の好機は無い。
(四)幽囚は囹圄配所の生活を云ふのである。勿論常事犯で獄に繋がれ…

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