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希臘及び羅馬と香料
ギリシャおよびローマとこうりょう
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆48 香」 作品社
1986(昭和61)年10月25日
入力者渡邉つよし
校正者門田裕志
公開 / 更新2001-10-09 / 2014-09-17
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 希臘の大昔には美しい『にほひ』は神聖なる存在として貴ばれた。そして香料に関しての諸般の知識は美の神アフロディーテの使ひ女エオーネの無分別から人間界に過つて伝へられたと云はれて居る。それは兎も角も、昔の希臘では上流人は特に香料を愛好し、毎日香油を身体にぬる風習があり、従つて希臘全盛時代に於ける香料の消費額は莫大なものであつた。神々を祭るに必ず香料香華を捧げ、葬儀や祝祭に際しては特によい香料や香水を多量にふりまくのが自慢であつた。殊に大饗宴の時には主客諸共に香り高き薔薇の花冠を戴き、宴席を花綱で飾り、別に香炉を設けて薫香や香木を焚き、食物や飲料等迄も薔薇の花や薫の花で賦香すると云ふやうな次第であつた。
 この風習は軈ては羅馬にまで波及し、先に述べた如く西暦第五世紀の頃には香料の濫費を戒しめる意味で、遂に消費制限の法令が出た程であるが、その最も盛んだつたのはネロ大帝の頃のことで、かのポッペアの葬礼に際して大帝が消費した香料の量は当時の香料国アラビアの一年の産額に匹敵するものであつたと云ふ。当時ローマの香料商は殷賑を極め、ミレプシと呼ばれて居た。何しろ富裕な市民は日に三回宛高貴な香油を身体中に塗ることを以て特権と心得、その度に美人の奴隷によい着物を着せて美しい香入れを持たせ、彼を召し連れて市設浴場テルメーに通ふのであつた。そして先づフリジダリウムと称する冷水プールに入つて心を冷やし、次にテビダリウムと云ふ暖房で一憩みし、それからカルダリウムと名づけられる蒸し風呂で出るだけの汗を出してしまひ、其処を出て冷水浴で汗を綺麗に洗ひ落し、最後にウンクツアリウムと称する部屋に行くと、奴隷が身体中を揉み柔らげ古い脂を掻きとつた上、新らしい香油をすり込むのである。当時用ひられた香油は概して固形脂肪に賦香した膏薬やうのものであつたが、乾燥粉末状の香料もあつた。但し後者は主として部屋や衣服の賦香に使用されて身体に塗るのではない。身体に塗る脂の方には『にほひ』として薔薇花・水仙花・榲[#挿絵]等を単用するのが普通で、時としては「スシノン」と称する百合の花香と菖蒲根・肉桂・サフロン・没薬及び蜂蜜を脂肪と煉つたものを用ひることが流行したと云ふ。又ブリニーの著書によれば是等の塗脂の中最も貴ばれたのは帝王塗脂と云はれ、二十七種の貴重な材料を調合して製せられたと云ふ。是等は何れも随分高価なもので一瓩の価額金二百円以上もしたものである。
 当時のローマ市民が薔薇を賞美したことは非常なもので、全く狂的と云つてもよい程であつた。富豪や貴人達は食堂を薔薇の花びらで敷きつめたり、薔薇水の噴水を部屋の中につくつたり、薔薇の花冠を戴き、薔薇の花綱を首にかけ、薔薇香水を頭の上から浴びせたりしたと云ふ。ヘリオガバルスと云ふ男は一つ話に語られる程の薔薇気狂ひで、薔薇で『にほひ』をつけた酒をのみ、薔薇水の風呂に入り、…

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