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犬物語
いぬものがたり
作品ID3622
著者内田 魯庵
文字遣い新字旧仮名
底本 「日本の名随筆76 犬」 作品社
1989(平成元)年2月25日
入力者渡邉つよし
校正者染川隆俊
公開 / 更新2005-09-16 / 2015-09-30
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 俺かい。俺は昔しお万の覆した油を甞アめて了つた太郎どんの犬さ。其俺の身の上咄しが聞きたいと。四つ足の俺に咄して聞かせるやうな履歴があるもんか。だが、人間の小説家さまが俺の来歴を聞くやうでは先生余程窮したと見えるね。よし/\一番大気[#挿絵]を吐かうかな。
 俺は爰から十町離れた乞丐横町の裏屋の路次の奥の塵溜の傍で生れたのだ。俺の母犬は俺を生むと間もなく暗黒の晩に道路で寝惚けた巡行巡査に足を踏まれたので、喫驚してワンと吠えたら狂犬だと云つて殺されて了つたさうだ。自分の過失を棚へ上げて狂犬呼ばゝりは怪しからぬ咄だ。加之も大切な生命を軽卒に奪るとは飛んでもない万物の霊だ。人間の威張臭る此娑婆では泣く子と地頭で仕方が無いが、天国に生れたなら一つ対手取つて訴訟を提起してやる覚悟だ。
 生れて二タ月目位だな。悪戯な頑童どのに頸へ縄をくゝし附けられて病院の原に引摺られ、散三責められた上に古井戸の中へ投込まれやうとした処を今の旦那に救けられたのだ。
 乳も碌に飲まない中に母犬には別れ、宿なしの親なしで随分苦労もしたが、今の旦那には勿躰ないほどお世話になつて、恰と応挙の描いた狗児のやうだと仰しやつて大変可愛がられたもんだ。坊様も嬢様も無類の犬煩悩で入らつしやるから、爰の邸へ引取られてからは俺も飛んだ幸福者で、今年で八年、終に一度餓じい目どころか、両に四升の鬼の牙のやうなお米を頂戴してゐた。憚りながら未だ南京米を口に入れた事の無いお兄いさんだ。
 俺の血統かい。俺は尋常の地犬サ。雑りツけない純粋の日本犬だ。耳の垂れた尻尾を下げた瞳の碧い毛唐の犬がやつて来てから、地犬々々と俺の同類を白痴にするが、憚りながら神州の倭魂を伝へた純粋のお犬様だ。西洋臭い顔をした雑種犬とは、ヘン、種が違います。
 元来俺の解らないのは無暗やたらに西洋犬を珍重する奴サ。一つ気[#挿絵]序でに話して聞かせやう。犬の先祖は狼だといふが、之は間違で、「ドール」といふ山犬の一種だ。今でも英領印度の西境のミドナボールからシヤマルの間に棲んでゐる。世界の文明が悉く印度から来たやうに犬も矢張印度を母国として四方に蕃殖したのだ。尤も埃及では猫と同じやうに犬を尊んで川の神と祀つて、恰度ナイルの氾濫時分にシリヤス星が見えるので、此星を犬星と名けて犬を星の精だといつたものださうな。アツシリヤでも早くから犬を珍重して今の「マスチツフ」だの「グレイハウンド」だのといふ奴が在たさうだが、爾んな事は扨ておき、我々は印度の「ドール」から進化したのだといふが学者の一致した説である。狼や「ジヤカル」から発達したといふのは嘘だよ。我々同類を誣ゆるものだよ。
 処で、此「ドール」といふ奴は痛く人間を嫌つて決して影を見せないさうだが、敏捷活溌で頗る猟が上手である。豹のやうな木に登るものや象のやうな図抜けて大きな身幹のものゝ外は何でも捕る。虎でさ…

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