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女子の独立自営
じょしのどくりつじえい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「与謝野晶子評論集」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年8月16日
初出「婦人の鑑」1911(明治44)年4月
入力者Nana ohbe
校正者門田裕志
公開 / 更新2002-01-10 / 2014-09-17
長さの目安約 11 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人の性情にも体質にも万人共通の点即ち類性と、個人独得の点即ち個性とがあります。前代の社会心理の公準は類性のみを見て人の全部だと誤解した嫌がありました。似た所ばかりを集めて一つの型を空に作り、その型を標準として逆に一般の人間を律しようと致し、殆ど人の個性というものを眼中に置いていませなんだ。例えば初めから男というものはこういうものだ、女というものはこういうものだと決めてしまい、その「こういうものだ」という概念を土台にして更に男とはこうすべきものだ、女とはこうすべきものだという規範を立てて一概に万人を律し、その規範に合わない人は人間でないように軽蔑する習慣を作るに到りました。昔から支那などは習慣を重んじ過ぎる国ですから、少し新しい人が出て自己の特性を発揮しようとすると、直ぐに不忠だとか大逆無道だとかいう悪名を著せて死罪に処したりなんか致します。人が尊いか、習慣が尊いか解らなくなっております。日本にも以前はそういう無茶苦茶な事が随分盛に行われていて、それがために天子様も久しく王政を復古遊ばす事が出来ず、佐久間象山、吉田松蔭のような偉人も因襲を脱して新吾を磨こうと致したために殺されました。でその時代に危険のない生活を送ろうとする人人は、理も非もいわずに旧い習慣と旧い概念とに盲従し、徳川将軍は千秋万歳日本の政権を握っているもの、武士は何時でも主人のために腹を切るもの、儒学は永久に聖堂の朱子学を標準とすべきもの、宗教は仏教以外に信ずべからざる事、百姓町民は万世にわたって武人の下風に立ち、生かすとも殺すとも御役人の自由に任すべきもの、女は三界に家なく親と良人と我子とに屈従すべきもの、こういう考でいるより外はなかったのです。

 それを思うと私どもは闇から明るみへ出たほど幸福な時代に生れ合いました。明治維新の王政復古と共に、今上陛下は武門政治を初め一切の有害無用な旧習を破壊遊ばし、併せて汎く新智識を世界に求める事を奨め給い、学問、技術、言論、信教、出版等あらゆる思想行動の自由を御許しになり、生命、財産等の人権を御保障になっております。五カ条の御誓文、憲法、教育勅語、これらを拝読致せば新代の日本国民は全く不合理な前代の因襲道徳から解放せられ、聖代の自由なる空気の中に自己の特性を発揮しつつ社会を営んで行く事の出来る新道徳を御示しになっております。かような前例のない聖代に際会しておりながら、なお世の中には前代の夢を見ている人たちが多くあって、道徳が腐敗したとか澆季になったとか歎息するのは怪しからん事だと存じます。只今は明治の新道徳が何処まで実行せられているかという事を[#挿絵]して、それを各自に奨励し合うべき時でこそあれ、最早旧道徳の頽廃などを慨歎する時ではありません。いわんや孔子教とか尊徳宗とかを復興したり、女大学流の訓育を女子に施そうと致したりするのは、宏大無辺な御聖旨に背…

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