えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


広告

選挙に対する婦人の希望
せんきょにたいするふじんのきぼう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「与謝野晶子評論集」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年8月16日
初出「大阪毎日新聞」1917(大正6)年2月27日~3月4日
入力者Nana ohbe
校正者門田裕志
公開 / 更新2002-06-14 / 2014-09-17
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
えあ草紙で読む
HTMLページで読む

広告

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

find Audible YouTube

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

楽天Koboで表紙を検索

広告

本文より

 私は少しばかり政治について所感を述べようと思います。私たち婦人は憲法の上でこそ男子と同等の権利を持った個人ですが、専ら男子に由って作られた法律の上では憲法と矛盾して、不合理にも、単に女性であるからという理由だけで私たちの生存に必要ないろいろの権利を制限されております。以前のように依頼主義と屈従主義とに甘んじていた婦人と異い、個人としての自己の欲望の尊厳と、自己の能力の無限とを信ずる今日の婦人にあっては、次第に男女間の権利の偏頗が苦痛の種となります。
 私たちは市区町村会議員の選挙権及び被選挙権すら持っておりません。私たちは自分の労力の結果を割いて公共生活のために納めている直接間接の租税がどのようにして全日本人の生活の幸福を増進するために運用されているかを知ることさえ出来ないのですから、ましてそれを如何に運用すべきかについて男と共に討議する公の機関に参与することの出来ないのはいうまでもありません。甚だしきは未成年の男子と同じく、政治に関する演説及び集会を催すことすら禁じられております。世界の女権論がわざわざ新奇な要求を提出するのでなくて、全く失われた婦人の権利の回復を意味するものとして唱えられる所以はここにあります。しかし女子自身さえまだ普通選挙制を建て得ないような我国の現状では、婦人が欧米の女権論者の主張のように早くも参政の権利を要求することは穏健な行動でなかろうと思います。それに我国の婦人はまだ政治以外の問題についてさえ団体運動に慣れておりません。女権回復の運動は団体運動であることを必要とします。私は日本婦人の現在の知識及び勇気の程度に考えてまだ暫く団体運動の成立つ時機ではなかろうと思っております。
 それなら政治については黙して忍ぶかというに、幸なことには文書を以てする政治上の言論だけは私たち婦人にもその自由を認容されております。これがために私たちは政治的に隠忍して奴隷の位地に落ち込むことを纔に免れております。私たちはこの辛うじて開かれている唯一の窓を利用して、此処から出来るだけ政治その他の生活機関に対する私たち婦人の希望を述べねばなりません。こういう自覚から私はこの感想をも書こうと思います。
 第三十八議会は予想の通りに解散となりました。官僚と党人との政争の外に立っている私たち婦人は、いまさら衆議院の提出した内閣不信任案の是非や、それに応戦して寺内内閣の奏請した解散の不法であるか否かを顧みるようなことに多くの必要も深い興味も持つことが出来ません。むしろこの解散を機会に官僚も党人も国民全体も過去の政争的関係をすべて一擲して、立憲国の代議政治の根本精神に立ち返り、世界の大勢と国家の現状とに考えて日本人全体の生活を一層合理的にし、一層幸福にするように努力して欲しいと思います。
 しかるに寺内首相と後藤内相とが地方官会議の席上でなされた演説を見ると、私たちの…

えあ草紙で読む

ライフメディアへ登録

Koboユーザー必見!
楽天スーパーポイントとは別に
価格の5%がポイントに!

find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2016 Sato Kazuhiko