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激動の中を行く
げきどうのなかをいく
作品ID3637
著者与謝野 晶子
文字遣い新字新仮名
底本 「与謝野晶子評論集」 岩波文庫、岩波書店
1985(昭和60)年8月16日
入力者Nana ohbe
校正者門田裕志
公開 / 更新2001-12-22 / 2014-09-17
長さの目安約 19 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 人生は静態のものでなくて動態のものであり、それの固定を病的状態とし、それの流動を正統状態として、常に動揺変化の中にあるものであるということは説明の必要もないことですが、戦後の世界は戦前においてさまで優勢でなかった思想が勃興し初めたために、経済的、政治的、社会的のいずれの方面においても、これまでになかった急激な動揺変化を生じて、それがために人間の思想と実際生活とは紛糾に紛糾を重ねようとしています。即ち今日の新しい合言葉となっている人道主義とか、民主主義とか、国際平和主義とかいうものは、戦前において学者、詩人、社会改良論者、宗教家等の空想として、大多数の人類から軽視されていたものですが、今は普魯西のカイゼル父子とそれを繞っていた軍閥者流とが代表として固執していた旧式な浪曼主義に根ざす軍国主義や専制主義がこの度の戦争の末期において頓挫したために、英仏米諸国の一流の学者、政治家、芸術家に由って支持される新しい浪曼主義に根ざした人道主義や民主主義の思想が天下の権威であるが如き外観を呈するに到りました。そうして、今や世界は、この新しい権威である思想に向って俄かに自己の生活を適応させるために照準の大転換を行おうとして焦燥る者と、この思想に反抗して時代遅れの専制的、階級的、官僚的、資本家的の旧思想を維持するために、あらゆる非合理と陰険と暴力とを手段として固執する者と、この急劇な世界の変化に対し、こういう場合に処すべき修養と訓練とをそれまでから欠いていたために、どうすれば好いか、全く策の出ずる所を知らないで徒らに狼狽して右往左往する者と、大体においてこの三種に分つべき人々に由って未曾有の混乱状態を引起しています。
 私はこれを以て人類がやむをえず一度経験しなければならない過程であると思います。母が一人の子を生むにも精神と肉体との尠からぬ苦痛を払います。人類が遠く釈迦や基督の時代から憧れて来た、愛、正義、自由、平等を精神とする最高価値の新生に向って、大股に一つの飛躍を取ろうとするには、八百万人の死傷者と三千億円の戦費とを犠牲としてまだ足らず、更に思想的、経済的、政治的、社会的の猛烈な戦争と混乱との中に、劇甚な苦痛の試錬を受けねばならないのは理由のあることだと思います。
 新しい浪曼主義の代表者であるウィルソン大統領の戦時中から今日に到るまでの度々の提議は、一語として新時代を指導する聖経風の金言でないものはありません。古から大国の元首にしてウィルソンのように正大と高華とを極めた提議を、ウィルソンだけの徳望と権威を持ちつつ世界に対して指導的に為し得た者があるでしょうか。私はウィルソンの人格の偉大であることを驚嘆しています。しかしそういう特別に飛び離れて偉大な人格が今日もなお世界に存在する如くに見え、大多数の人類がそういう偉大なと見える人格に由って音頭を取ってもらわねばならないとい…

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