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革鞄の怪
かばんのかい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成6」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日
入力者門田裕志
校正者高柳典子
公開 / 更新2007-03-12 / 2014-09-21
長さの目安約 22 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       一

「そんな事があるものですか。」
「いや、まったくだから変なんです。馬鹿々々しい、何、詰らないと思う後から声がします。」
「声がします。」
「確かに聞えるんです。」
 と云った。私たち二人は、その晩、長野の町の一大構の旅館の奥の、母屋から板廊下を遠く隔てた離座敷らしい十畳の広間に泊った。
 はじめ、停車場から俥を二台で乗着けた時、帳場の若いものが、
「いらっしゃい、どうぞこちらへ。」
 で、上靴を穿かせて、つるつるする広い取着の二階へ導いたのであるが、そこから、も一ツつかつかと階子段を上って行くので、連の男は一段踏掛けながら慌しく云った。
「三階か。」
「へい、四階でございます。」と横に開いて揉手をする。
「そいつは堪らんな、下座敷は無いか。――貴方はいかがです。」
 途中で見た上阪の中途に、ばりばりと月に凍てた廻縁の総硝子。紅色の屋号の電燈が怪しき流星のごとき光を放つ。峰から見透しに高い四階は落着かない。
「私も下が可い。」
「しますると、お気に入りますかどうでございましょうか。ちとその古びておりますので。他には唯今どうも、へい、へい。」
「古くっても構わん。」
 とにかく、座敷はあるので、やっと安心したように言った。
 人の事は云われないが、連の男も、身体つきから様子、言語、肩の瘠せた処、色沢の悪いのなど、第一、屋財、家財、身上ありたけを詰込んだ、と自ら称える古革鞄の、象を胴切りにしたような格外の大さで、しかもぼやけた工合が、どう見ても神経衰弱というのに違いない。
 何と……そして、この革鞄の中で声がする、と夜中に騒ぎ出したろうではないか。
 私は枕を擡げずにはいられなかった。
 時に、当人は、もう蒲団から摺出して、茶縞に浴衣を襲ねた寝着の扮装で、ごつごつして、寒さは寒し、もも尻になって、肩を怒らし、腕組をして、真四角。
 で、二間の――これには掛ものが掛けてなかった――床の間を見詰めている。そこに件の大革鞄があるのである。
 白ぼけた上へ、ドス黒くて、その身上ありたけだという、だふりと膨だみを揺った形が、元来、仔細の無い事はなかった。
 今朝、上野を出て、田端、赤羽――蕨を過ぎる頃から、向う側に居を占めた、その男の革鞄が、私の目にフト気になりはじめた。
 私は妙な事を思出したのである。
 やがて、十八九年も経ったろう。小児がちと毛を伸ばした中僧の頃である。……秋の招魂祭の、それも真昼間。両側に小屋を並べた見世ものの中に、一ヶ所目覚しい看板を見た。
 血だらけ、白粉だらけ、手足、顔だらけ。刺戟の強い色を競った、夥多の看板の中にも、そのくらい目を引いたのは無かったと思う。
 続き、上下におよそ三四十枚、極彩色の絵看板、雲には銀砂子、襖に黄金箔、引手に朱の総を提げるまで手を籠めた……芝居がかりの五十三次。
 岡崎の化猫が、白髪の牙に血を滴ら…

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