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唄立山心中一曲
うたのたてやましんじゅういっきょく
作品ID3653
著者泉 鏡花
文字遣い新字新仮名
底本 「泉鏡花集成6」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年3月21日
入力者門田裕志
校正者高柳典子
公開 / 更新2007-03-12 / 2015-04-17
長さの目安約 64 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

       一

「ちらちらちらちら雪の降る中へ、松明がぱっと燃えながら二本――誰も言うことでございますが、他にいたし方もありませんや。真白な手が二つ、悚然とするほどな婦が二人……もうやがてそこら一面に薄り白くなった上を、静に通って行くのでございます。正体は知れていても、何しろそれに、所が山奥でございましょう。どうもね、余り美しくって物凄うございました。」
 と鋳掛屋が私たちに話した。
 いきなり鋳掛屋が話したでは、ちと唐突に過ぎる。知己になってこの話を聞いた場所と、そのいきさつをちょっと申陳べる。けれども、肝心な雪女郎と山姫が長襦袢で顕れたようなお話で、少くとも御覧の方はさきをお急ぎ下さるであろうと思う、で、簡単にその次第を申上げる。
 所は信州姨捨の薄暗い饂飩屋の二階であった。――饂飩屋さえ、のっけに薄暗いと申出るほどであるから、夜の山の暗い事思うべしで。……その癖、可笑いのは、私たちは月を見ると言って出掛けたのである。
 別に迷惑を掛けるような筋ではないから、本名で言っても差支えはなかろう。その時の連は小村雪岱さんで、双方あちらこちらの都合上、日取が思う壺にはならないで、十一月の上旬、潤年の順におくれた十三夜の、それも四日ばかり過ぎた日の事であった。
 ――居待月である。
 一杯飲んでいる内には、木賊刈るという歌のまま、研かれ出づる秋の夜の月となるであろうと、その気で篠ノ井で汽車を乗替えた。が、日の短い頃であるから、五時そこそこというのにもうとっぷりと日が暮れて、間は稲荷山ただ一丁場だけれども、線路が上りで、進行が緩い処へ、乗客が急に少く、二人三人と数えるばかり、大な木の葉がぱらりと落ちたようであるから、掻合わす外套の袖も、妙にばさばさと音がする。外は霜であろう。山の深さも身に沁みる。夜さえそぞろに更け行くように思われた。
「来ましたよ。」
「二人きりですね。」
 と私は言った。
 名にし負う月の名所である。ここの停車場を、月の劇場の木戸口ぐらいな心得違いをしていた私たちは、幟や万燈には及ばずとも、屋号をかいた弓張提灯で、へい、茗荷屋でございます、旅店の案内者ぐらいは出ていようと思ったの大きな見当違。絵に描いた木曾の桟橋を想わせる、断崖の丸木橋のようなプラットフォームへ、しかも下りたのはただ二人で、改札口へ渡るべき橋もない。
 一人がバスケットと、一人が一升壜を下げて、月はなけれど敷板の霜に寒い影を映しながら、あちらへ行き、こちらへ戻り、で、小村さんが唇をちょっと曲げて、
「汽車が出ないと向うへは渡られませんよ。」
「成程。線路を突切って行く仕掛けなんです。」
 やがてむらむらと立昇る白い煙が、妙に透通って、颯と屋根へ掛る中を、汽車は音もしないように静に動き出す、と漆のごとき真暗な谷底へ、轟と谺する……
「行っていらっしゃいまし……お静に――」
 と…

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