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蛇怨
じゃえん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の怪談(二)」 河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年12月4日
入力者Hiroshi_O
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2003-08-14 / 2014-09-17
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 高知県高岡郡の奥の越知と云う山村に、樽の滝と云う数十丈の大瀑がある。それは村の南に当る山腹にある瀑で、その北になったかなりの渓谷を距てた処には安徳天皇の御陵伝説地として有名な横倉と云う山がある。初夏の比その横倉山から眺めると、瀑は半ば以上を新緑の上に見せて、その銀色の大樽を倒しまにしたような水が鼕々として落ちているので、土地の人は大樽と呼んでいる。
 その滝の在る山を南に越えた処に篠原と云う農家があった。何時の比の事であったか年代ははっきりと判らないが、しかし、あまり古いことではないらしい。その篠原の主人になる男は非常に鉄砲が上手で、農業の片手間には何時も山から山を渉って獣を狩っている。
 某日その主人は、何か好い獲物はいないだろうかと思って、鉄砲を手にしながら樽の滝へ往った。そして、杉の樹の森々と茂った瀑の横から瀑壺の方へおりて往った。瀑壺の周囲は瀑水の飛沫が霧となって立ち罩めているのに、高い木立の隙間から漏れた陽の光が射して処どころに虹をこしらえていた。篠原の主人は瀑水が瀑壺から流れ出る谷川の上の巌角を踏みながら、むこう側に渡ろうとしてふと瀑下の方に眼をやると、その足はぴったり止った。瀑下の右になった窈黒な巌穴から松の幹のような大蛇が半身をあらわして、上の方に這いあがろうとしているところであった。黒いその背はぎらぎらと光って見えた。……よし打ってやれと篠原の主人は思った。彼はその蛇を打って村の人を驚かしてやりたかった。彼は後戻りして瀑壺の縁の巌を伝うて瀑下へ距離を縮めて往った。恐ろしい胴体はのろのろと動いていた。好奇な猟師はやがて足場を固め、狙いを定めて火縄をさした。篠原の主人の耳には谷全体が鳴動するように響いて、大きな長い長い胴体は瀑壺の中へ落ちた。
 篠原の主人は思い通り蛇が打てたので、大に喜んでやはり猟師仲間の親類の男を呼んで来て、それに手伝ってもらって皮を剥ぎ、それを持って帰って庭前の立樹と立樹の間に長い竹を渡してかけた。それを知った村の人びとはぞろぞろと篠原へ集まって来て、その皮を見て驚嘆した。篠原の主人は得意そうに蛇を打った時の容を話して聞かせた。
「こいつは雄じゃ、彼処には雄と雌の二つおるから、そのうちに雌もとるつもりじゃ」などとも云った。

 その夜篠原の主人は、隣家の者を三四人呼んで酒を飲んでいた。そのうちには皮剥ぎを手伝ってもらった親類の男もいた。一座の話は蛇を打った話で持ちきっていた。
「何しろ、話には聞いておったが、見たことは初めてだ」
 と、一人が云うと、
「こりゃあ、孫子への話の種じゃよ」とまた一人が云った。
「そんなに大きくはないと思うて、往ってみると瀑壺に一ぱいになっておったから驚いたよ」と、云ったのは彼の親類の男であった。
 篠原の主人はにこにこして自己を嘆美する皆の話に耳をやっていた。
「やっぱりあんな魔物を打つには…

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