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妖怪記
ようかいき
作品ID3676
著者田中 貢太郎
文字遣い新字新仮名
底本 「日本の怪談(二)」 河出文庫、河出書房新社
1986(昭和61)年12月4日
入力者Hiroshi_O
校正者小林繁雄、門田裕志
公開 / 更新2003-08-17 / 2014-09-17
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 お作の家には不思議なことばかりがあった。何かしら家の中で躍り狂っているようであったり、順序を立てて置いてある道具をひっかきまわしたり、蹴散らしたり投りだしたり、また、お作がやっている仕事を何者かが傍から邪魔をして、支えたり突きやったり、話していることを傍で耳を立てて聞いていたり、それを仲間同士で嘲ったり、指をさして笑ったり、それは少しも眼には見えないけれども、何かしら奇怪なことばかりであった。
 お作は不安で心配でたまらなかったが、さてどうすることもできなかった。ところで某夜、寝かしていた女の児が顔でもつねられたか、耳でもひっぱられたかと思うように大声で泣きだしたので、眼を醒してみると、小供の枕頭から煙草の煙のかたまったような小坊主が、ひょこひょこと起ちあがって往くようになって消えた。お作は魔物の正体を見たように思ったが、朝になってみるとそれが夢のようにも思われだした。
 雨のぼそぼそと降る夜であった。お作が便所に往っていると、便所の簷下で背に何かものが負われたように不意に重くなった。お作がその機によろよろすると、重いものはずり落ちたようになって体は直ぐ軽くなった。その拍子に毛むくじゃらの犬の足のようなものが首筋に触った。
 夕方、茄子を煮た鍋をおろしてその茄子を椀に盛ろうとしていると、鍋の蓋が自然に開いて煮た茄子の片が二片三片空に浮いてそれが椀の中へ来て入った。お作は恐れて頭がかっとなった。そして、怖ごわ椀の中を覗いて見ると椀は元のように空になって、鍋の蓋も元のようになっていた。
 谷のむこうの畑へ往っていて微暗くなって帰り、庖厨の土間へ足を踏み入れてみると、形の朦朧とした小坊主が火のついた木の枝を持って立っていた。お作はびっくりして女の児を負ったなりに土間へつくばった。そして、戸外へ走りでようとして起きながら見ると、もう何もいずに灰をかけてあった地炉の火が微に光っていた。
 お作の家にはどうしても魔物がついている。お作は翌日親類の老人に話して、魔除けの祈祷でもしてもらうように頼みたいと思って、その夜はおっちりともせずに夜を明かし、朝飯がすんだなら畑の仕事も休んで、親類の家へ往こうと思って飯を喫っていると、門口で錫杖を鳴らす音がした。お作はその音を聞くと何んだか体がすっきりしたように思って、傍の笊にあった黍の餅を二つばかり持って出て往った。ぼろぼろの法衣を着た、痩せて銀のような腮鬚を生やした旅僧が立って念仏を唱えていた。
「お坊さん、茶もおいりようなら、茶も沸いております」
 お作は黍の餅をさしだしながら云った。旅僧はその餅を受けて首にかけた麻のずだ袋に収め、それから欠椀を出した。
「お気の毒じゃが、それでは、お茶を一ぱいいただきたい」
 お作は欠椀にお茶を汲んで来た。
「これはかたじけない」
 旅僧は押し戴いてその茶を旨そうに飲んだが、飲みながらお作の…

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