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思い出すこと
おもいだすこと
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出不詳
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-06 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 レーク・Gへ行く前友達と二人で買った洋傘をさし、銀鼠の透綾の着物を着、私はAと二人で、谷中から、日暮里、西尾町から、西ケ原の方まで歩き廻った。然し、実際、家が払底している。時には、間の悪さを堪え、新聞を見て、大崎まで行き、始めて大家と云うものの権柄に、深い辱しめを感じたこともある。また、寛永寺の傍の、考えても見すぼらしい家を、探しあきて定めようとしたことなどもある。
 丁度、その頃赤門の近くに、貸家を世話する商売人があったので、そこへ行って頼んだ。三十円位で、ガスと水道のある、なるたけ本郷区内という注文をしたのである。
 考えて見ると、それから一年位経つか経たないうちに、外国語学校教授で、英国官憲の圧迫に堪えかねて自殺したという、印度人のアタール氏を始めて見たのがその周旋屋の、妙に落付かない応接所であった。
 今顧ると、丁度その夏は、貸家払底の頂上であったことが分る。継いて、内務省の取締りを受けない貸家周旋人が、市内には殆ど無数あった。中には随分曖昧な、家賃一ヵ年分を報酬として請求するとか、三月分を強請されて、家はどうにか見付かったが、その片をつけるに困ったとかいう噂が彼方此方にあった。私共も、自分で探していたのでは到底、何時になったら見付かるか、見当もつかないような有様であったので、窮した結果、頼んだのではあったが、始めて行った時には、不安な、油断のならない心持がした。
 多分、赤門の少し先、彼方側で、大きな土管屋か何かの横に入った処にその家はあった。とっつきは狭い格子戸で、下駄を脱ぎ散らした奥の六畳と玄関の三畳の間とをぶっ通しにして、古物めいた椅子と卓子とが置かれているのである。
 男が二人いて、それぞれ後から後から来る客にアッテンドしている。年は二十八九と四十がらみで、一目見ても過去にまとまった学歴も何もなく、或る時代、或る時期の社会的需要に応じて、職業を換えて行く種類の人間らしく見えた。よくある、商売人とも政治屋とも片のつかない一種のタイプなのである。
「お上りなさい」
と幾度も云うので、私共は、上へ上り、その椅子にやや改って腰を下した。規則をきき、一ヵ月、貸家の通知書を送って貰うために、五円ほどの金を払ったと覚えている。
 その変に捩くれた万年筆を持った男が、帳簿を繰り繰り、九段にこんな家があるが、どうですね、少々権利があって面倒だが、などと云っている時であった。
 格子の内に、白い夏服を着、丸顔で髪の黒い一人の外国人が入って来る。
 そして、貸家が欲しいと云う。そこに居合わせた、自分等を入れて四五人の人間は、一時に好意ある好奇心を感じた。
 指ケ谷辺で、二階のある家、なおよろしい。あまり高いの困ります。と、非常に語尾の強い、ややぼきぼきした言葉で、注文の要件を提出した。
 私共に応待した卓子の前にいた男は、立って行って、盲唖学校の近所にあるとい…

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