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深く静に各自の路を見出せ
ふかくしずかにかくじのみちをみいだせ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「婦人公論」1921(大正10)年12月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-06 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 静に考えて見ると、我々人類の生活に於ては、既に両性の差別と、その間に性的交渉の存する限り、種々な結婚生活の破綻や恋愛の難問題が起って来るのは、已むを得ない事実ではあるまいかと思う。
 然し、それ等の事実に対する当事者、周囲の心の態度は、或る時代、社会によっていろいろに異う。今日、我々はどう考えても、ヘレナ一人のために、二つの部族と神々まで加えた戦争を惹起するような空想は、たとい一種のロマンスとしても実感を以て描くことが出来ないだろう。恋愛のいきさつは、人類の祖先が原始的生活を営んでいた時代、直に一集団の本能を刺衝するものとなった。彼等は、自分等がそれによって相争うことの善悪も、必要・不必要も念頭にない一個の情意となってそのうちに没頭したのである。
 けれども、人類の認識の範囲が拡大し、個人の意識が人生に向ってより多様複雑な綜合的人格として働きかけるようになって来ると、一方に於て社会性が強大になるに伴って人間の個性が顕著になって来る。
 一個の社会を形ち造る以上、個々人は決して連鎖のない一つの石っころではない。絶えず相互の利害、あらゆる幸・不幸が有形無形に於て影響し合っているのは明であろう。と同時に、一般が、彼等生存の理想、倫理感等によって認めた肯定の範囲に於ては、一人一人が、各々の負うべき責任と義務とを確信しての自由、独立を共有する。家庭生活というものが部族に隷属した時代が去り、一人一人の希望、趣向、責任によって経営されるようになれば、個人の恋愛、結婚というものもまた、自ら各人の動機、経路、結果によって終始されるべきものとなるのではあるまいか。
 恋愛、結婚等は、あらゆる人類の経験することとして、その概念に於て、または未発の本能に於ては全く共通なものであると思う。けれども、一旦それが実行となった時、あれも恋、これも恋だからといって全然同じ原因結果になると断定することは決して出来ない。恋愛、結婚が、内容に於ては実に個性的なものであると知り種々な成就の事実、失敗の事実に面した時、明かな理解と同情、並に混乱しない自他の境界を認めてそれを経験し考察し、深く静に各人の途を自ら見出して行くのが、健康な文化社会人の態度ではあるまいかと思うのである。
 若し、右のような態度が、人類のあり得べき発達の少くとも或る程度迄到達した状態であるとしたら、今日、我々の周囲を取繞く、日本の社会はどうであろう。流石に、本能と衝動とのみによって恋愛に生きる時代は過ぎている。けれども昨今、かなり屡々世上に伝えられる結婚生活の破綻と同時に起る種々な恋愛問題に対して、当事者から、周囲に到るまでのその決意決行、批判ある態度に於て、一指も指されないほど、厳かな絶対性を持っているだろうか。云うことを許されれば、自分はそのどちらからも不安を与えられずにはいないのである。
 今日、社会の知識は、人格の平等…

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