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入学試験前後
にゅうがくしけんぜんご
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「婦人界」1922(大正11)年3月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-06 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 さほど長くない学生生活の間で、特に印象ふかかったことと云って何があるだろう。
 女学校におれば、ちょうど十三四から人生を感じ始める十八九までの数年を過すのだから、善かれ悪しかれ、個人として思い出すことごとが、決してないというのではない。それらを書こうとすると、事件や感じがあまり自分だけのことであったり、罪ない思い出話以上のものになるおそれがある。さような点をさけ一体に見渡した時、何といっても心に忘られない跡を遺しているのは、入学試験前後の光景であろう。
 五六年前、私が女学校に入ろうとする頃には、激しいと云っても、今ほど競争試験は激烈なものではなかったらしい。自分の目ざしていた学校は、何でも、十人に一人くらいの比であったろう。子供だから、勿論はたの成人ほど、そう云う数学的な心配はしない。ただ入りたい、入れないでは困る、と一心になって、下稽古をしたのである。
 六年になり、そろそろ卒業が迫って来ると、一日、先生が、一人一人を立たせて、あなたはこれから何処へ入ろうと思いますか? と質問される。それが、当時では、云い難い一種のセンセーションを起させることで、自分の入学しようと言明する学校の名によって、その人の学術に対する自信が、裏書せられるように感じるのであった。
 皆の入ろうとする処が判ると、暗黙の競争が行われ始める。一日おき位に、放課後一時間か二時間いのこり、算術や国語の特別課業を受ける時も、一つの読み間違い、一つの式の立て違いが、何だか、みな遠い彼方で、入学試験の間違いと連絡していそうな気がする。
 私は、他の多くの友達と一緒に受持の先生がいられなかったので、同じ、六年の男子の教室で、そこの先生に教った。算術の日、国語の日とちゃんぽんにある。自分には、算術が一向うまくない。前の方に坐っていて、黒板の前に呼び出されては大変だと思って、いつも後の窓際に小さくなって控えているけれども、国語の時となると、気ものうのうとし、楽しく、先生と睨み合うように意気込んで、二時間をすますのである。子供の自信や、無力でしょげた感じは、実に独特なものであると思う。自分が子供であるなどとはまるで思わず、まるで一人前で、心が明るくなったり、暗くなったりするのです。
 算術では、血眼になっても程度が知れている。国語で一つの間違いでもすまい、というのが私の心算であった。父が、綺麗な西洋紙の、大きな帳面をくれたことがある。私はそれに赤や紺や紫や、買い集められただけの色インクで、びっしりと書取りをして行った。大判の頁、一枚ときめ、椽側で日向ぼっこをしながらちょうど時候にすればいま時分、とつとつと書きつめるのである。
 一枚、一枚を使うインクの色をちがえ、バラバラと指で翻し、さも学者らしく一杯ならんだ文字を見ると、自分は楽しさで、来ようとする試験の怖さも忘れた。今でも頭にあることは、書く字の要…

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