えあ草紙・青空図書館 - 作品カード


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小景
しょうけい
副題ふるき市街の回想
ふるきしがいのかいそう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「八つの泉」1923(大正12)年12月発行
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-12 / 2014-09-18
長さの目安約 15 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 その街は、昼間歩いて見るとまるで別な処のように感じられた。
 四方から集って来た八本の架空線が、空の下で網めになって揺れている下では、ゲートルをまきつけた巡査が、短い影を足許に落し、鋭く呼子をふき鳴しながら、頻繁な交通を整理している。
 のろく、次第にうなりを立てて速く走って行く電車や、キラキラニッケル鍍金の車輪を閃かせ、後から後からと続く自転車の列。低い黒い背に日を照り返す自動車などが、或る時は雲の漂う、或る時は朗らかに晴れ渡ったその街上に活動している。
 やや蒲鉾なりの広い車道に沿うて、四方に鋪道が拡っていた。
 東側の右角には、派手なくせに妙に陰気に見える桃色で塗った料理店の正面。左には、充分光線の流れ込まない、埃っぽく暗い裁縫店の大飾窓。板硝子の上の枠に、ボウルドフェイスの金文字で、YAMAZAKIと読めた。
 西角は、ひどく塵のたかった銀行の鉄窓と、建築にとりかかったばかりの有名な時計屋の板囲いとに、占められている。
 晴やかな朝日は、そのじじむさい銀行の鉄窓の棧と、板囲いのざらざらした面とを照した。午後になると、熟した太陽の光は微に濁って向い側の料理店の柱列や、裁縫店の飾窓に反射した。一層悲しげに見える料理店の桃色の窓枠の間々には、もう新鮮さを失った飾花や、焼きざましのパイの大皿や青いペパミントのくくれた罐などがある。
 鋪道には、絶え間なく男や女が歩いていた。が、どの歩調も余り悠長ではなかった。
 折鞄を小脇にかかえた日本服の商人、米国風の背広を着た男達。彼等は車道のすぐ傍を、同じように落付かない洋服姿の男等が膝かけなしで俥に乗り、カラカラ、カラと鈴をならして駆けさせるのを見ないふりで、速足に前へ前へと追い抜いて行く。
 女は、一目で、此界隈の者が多いのを知れた。種々な種類の彼女等は、装こそ違え、全く同じような歩きつきを持っていた。顔だけはぬけ目なく並んだ店舗の方にむけているが、足は飽きることない好奇心とは全然無関係な機械のように、足頸を実に軟くひらひら、ひらひらと、たゆみなく体を運んで行くのだ。
 合間合間に、小さい子供が一輪車に片脚をのせて転って行った。女の子達が、毬を持って、街路樹のかげで喋っている。子守女のぶらぶらする様子や、店頭でこごんでたたきを掃いている小僧の姿などが、一瞥のうちに、暖い私的生活の雰囲気を感じさせた。
 私は、大抵のとき、前に云った建築敷地の板囲いの前に自分を現した。山の手の住居の方から来る電車の停留場が其処にあった。
 段々速力をゆるめて赤い柱の傍に来、車掌が街角の名を呼ぶと、どんな時でも少くとも三四人の者が、俄に活々した表情を顔に表して座席を立った。私もその裡に混り前後して降るのだが、又いつもきまって、後をふりかえり自動車が来ないか注意しているひまに、偶然の連れの姿は見失ってしまう。
 私は、新聞売子が広告をは…

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