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永久に不愉快な二重生活
えいきゅうにふゆかいなにじゅうせいかつ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」 筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日
入力者土屋隆
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-07-10 / 2014-09-21
長さの目安約 2 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 中村さん。
 問題が大きいので、ちよいと手軽に考をまとめられませんが、ざつと思ふ所を云へばかうです。
 元来芸術の内容となるものは、人としての我々の生活全容に外ならないのだから、二重生活と云ふ事は、第一義的にはある筈がないと考へます。
 が、それが第二義的な意味になると、いろいろむづかしい問題が起つて来る。生活を芸術化するとか、或は逆に芸術を生活化するとか云ふ事も、そこから起つて来るのでせう。
 あなたの手紙にあつた芸術家の職業問題などは、それを更に一歩皮相な方面へ移して来ての問題だと思ひます。
 だから「物心両面に於ける人としての生活と、芸術家としての生活の関係交渉」と云つても、それぞれの意義に相当な立場をきめてかからないと、折角の議論は混乱するより外にありますまい。
 所で私は前にも云つたやうに、今さう云ふ問題を辯じてゐる暇がない。
 が、強ひて何か云はなければならないとなると、職業として私は英語を教へてゐるから、そこに起る二重生活が不愉快で、しかもその不愉快を超越するのは全然物質的の問題だが、生憎それが現代の日本では当分解決されさうもない以上、永久に我々はこの不愉快な生存を続けて行く外はないと云ふ位な、甚平凡な事になつてしまひます。
 これでよかつたら、どうか諸家の解答の中へ加へて下さい。以上。
(大正七年十月)



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