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大正十二年九月一日の大震に際して
たいしょうじゅうにねんくがつついたちのだいしんにさいして
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」 筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日
入力者土屋隆
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-08-09 / 2014-09-21
長さの目安約 18 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

     一 大震雑記

      一

 大正十二年八月、僕は一游亭と鎌倉へ行き、平野屋別荘の客となつた。僕等の座敷の軒先はずつと藤棚になつてゐる。その又藤棚の葉の間にはちらほら紫の花が見えた。八月の藤の花は年代記ものである。そればかりではない。後架の窓から裏庭を見ると、八重の山吹も花をつけてゐる。
  山吹を指すや日向の撞木杖    一游亭
   (註に曰、一游亭は撞木杖をついてゐる。)
 その上又珍らしいことは小町園の庭の池に菖蒲も蓮と咲き競つてゐる。
  葉を枯れて蓮と咲ける花あやめ  一游亭
 藤、山吹、菖蒲と数へてくると、どうもこれは唯事ではない。「自然」に発狂の気味のあるのは疑ひ難い事実である。僕は爾来人の顔さへ見れば、「天変地異が起りさうだ」と云つた。しかし誰も真に受けない。久米正雄の如きはにやにやしながら、「菊池寛が弱気になつてね」などと大いに僕を嘲弄したものである。
 僕等の東京に帰つたのは八月二十五日である。大地震はそれから八日目に起つた。
「あの時は義理にも反対したかつたけれど、実際君の予言は中つたね。」
 久米も今は僕の予言に大いに敬意を表してゐる。さう云ふことならば白状しても好い。――実は僕も僕の予言を余り信用しなかつたのだよ。

      二

「浜町河岸の舟の中に居ります。桜川三孝。」
 これは吉原の焼け跡にあつた無数の貼り紙の一つである。「舟の中に居ります」と云ふのは真面目に書いた文句かも知れない。しかし哀れにも風流である。僕はこの一行の中に秋風の舟を家と頼んだ幇間の姿を髣髴した。江戸作者の写した吉原は永久に還つては来ないであらう。が、兎に角今日と雖も、かう云ふ貼り紙に洒脱の気を示した幇間のゐたことは確かである。

      三

 大地震のやつと静まつた後、屋外に避難した人人は急に人懐しさを感じ出したらしい。向う三軒両隣を問はず、親しさうに話し合つたり、煙草や梨をすすめ合つたり、互に子供の守りをしたりする景色は、渡辺町、田端、神明町、――殆ど至る処に見受けられたものである。殊に田端のポプラア倶楽部の芝生に難を避けてゐた人人などは、背景にポプラアの戦いでゐるせゐか、ピクニツクに集まつたのかと思ふ位、如何にも楽しさうに打ち解けてゐた。
 これは夙にクライストが「地震」の中に描いた現象である。いや、クライスト[#「クライスト」は底本では「クイラスト」]はその上に地震後の興奮が静まるが早いか、もう一度平生の恩怨が徐ろに目ざめて来る恐しささへ描いた。するとポプラア倶楽部の芝生に難を避けてゐた人人もいつ何時隣の肺病患者を駆逐しようと試みたり、或は又向うの奥さんの私行を吹聴して歩かうとするかも知れない。それは僕でも心得てゐる。しかし大勢の人人の中にいつにない親しさの湧いてゐるのは兎に角美しい景色だつた。僕は永久にあの記憶だけは大事…

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