えあ草紙・青空図書館 - 作品カード

作品カード検索("探偵小説"、"魯山人 雑煮"…)

楽天Kobo表紙検索

南瓜
かぼちゃ
作品ID3802
著者芥川 竜之介
文字遣い新字旧仮名
底本 「筑摩全集類聚 芥川龍之介全集第四巻」 筑摩書房
1971(昭和46)年6月5日
入力者土屋隆
校正者松永正敏
公開 / 更新2007-07-13 / 2014-09-21
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

広告

えあ草紙で読む
▲ PC/スマホ/タブレット対応の無料縦書きリーダーです ▲

find 朗読を検索

本の感想を書き込もう web本棚サービスブクログ作品レビュー

find Kindle 楽天Kobo Playブックス

青空文庫の図書カードを開く

find えあ草紙・青空図書館に戻る

広告

本文より

 何しろ南瓜が人を殺す世の中なんだから、驚くよ。どう見たつて、あいつがそんな大それた真似をしようなんぞとは思はれないぢやないか。なにほんものの南瓜か? 冗談云つちやいけない。南瓜は綽号だよ。南瓜の市兵衛と云つてね。吉原ぢや下つぱの――と云ふよりや、まるで数にはいつてゐない太鼓持なんだ。
 そんな事を聞く位ぢや、君はあいつを見た事がないんだらう。そりや惜しい事をしたね。もう今ぢや赤い着物を着てゐるだらうから、見たいつたつて、ちよいとは見られるもんぢやない。頭でつかちの一寸法師見たいなやつでね、夫がフロツクに緋天鳶絨のチヨツキと云ふ拵へなんだから、ふるつてゐたよ。おまけにその鉢の開いた頭へちよんと髷をのつけてゐるんだ。それも粋な由兵衛奴か何かでね。だから君、始めて遇つたお客は誰でもまあ毒気をぬかれる。すると南瓜のやつは、扇子で一つその鉢の開いた頭をぽんとやつて、「どうでげす。新技巧派の太鼓持もたまには又乙でげせう」つて云ふんだ。悪い洒落さね。
 洒落と云へば、南瓜にや何一つ芸らしい芸がない。唯お客をつかまへて、洒落放題洒落る丈なんだ。それが又「にはかに洒落られません」つて程にも行かないんだから[#「行かないんだから」は底本では「行かないんだから」]、心細いやね。尤もそこはお客もお客で曲りなりにも洒落のめせば、それでもう多曖なく笑つてゐる。云はば洒落のわかつたのが、うれしくつてたまらないと云ふ連中ばかりなんだ。
 あいつも始はそれが、味噌気だつたんだらう。僕が知つてからも、随分いい気になつて、擽つたもんさ。所がいくら南瓜だつて、さう始終洒落てばかりゐる訳にや行きやしない。たまには改まつて、真面目な事も云ふ時がある。が、お客の方ぢや南瓜は何時でも洒落るもんだと思つてゐるから、いくらあいつが真面目な事を云つたつて、やつぱり腹を抱へて笑つてゐる。そこがこの頃になつて見ると、だんだんあいつの気になり出したんだ。あれで君、見かけよりや存外神経質な男だからね。いくらフロツクに緋天鳶絨のチヨツキを着て由兵衛奴の頭を扇子で叩いてゐたつて、云ふ事まで何時でも冗談だとは限りやしない。真面目な事を云ふ時は、やつぱり真面目な事を云つてゐるんだ、事によるとお客よりや、もつと真面目な事を云つてたかも知れない――とまあ、僕は思ふんだがね。だからあいつに云はせりや「笑ふ手前が可笑しいぞ」位な気は、とうの昔からあつたんだ。今度のあいつの一件だつて、つまりはその不平が高じたやうなもんぢやないか。
 そりや新聞に出てゐた通り、南瓜が薄雲太夫と云ふ華魁に惚れてゐた事はほんたうだらう。さうしてあの奈良茂と云ふ成金が、その又太夫に惚れてゐたのにも違ひない。が、なんぼあいつだつてそんな鞘当筋だけぢや人殺しにも及ぶまいぢやないか。それよりあいつが口惜しがつたのは、誰もあいつが薄雲太夫に惚れてゐると云ふ事を、真に…

えあ草紙で読む
find えあ草紙・青空図書館に戻る

© 2024 Sato Kazuhiko