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粗末な花束
そまつなはなたば
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「新小説」1924(大正13)年10月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-18 / 2014-09-18
長さの目安約 13 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 地震前、カフェイ・ライオンの向う側に、山崎の大飾窓が陰気に鏡面を閃かせていた頃のことだ。
 私はよく独りで銀座を散歩した。
 尾張町の四つ角で電車を降り、大抵の時交番の側を竹川町の停留場まで行き、そこから反対側に車道を横切って第一相互の下まで行く。天気がよく、西日が眩ゆくもない時刻だとそれからまた尾張町へ戻って電車に乗る。
 買物をすることなどは滅多になかった。時によると、私の小さい紫鞣の財布には、電車の切符と一円足らずの小銭しか入っていない時さえある。それでも、穿きなれた、歩き心地のよい下駄で、午後の乾いた銀座の鋪道を歩いて行くと、私は愉快になり、幸福にさえなった。一体昼の銀座は夜とはまるで違う。燈火が灯ってから彼処を散歩すると、どの店も派手で活気があり、散策者と店員等を引くるめてあの辺に漂っている一種独特の亢奮した雰囲気に包まれて見える。青や紫のケースの中で凝っとしている宝石類まで、夜というと秘密な生命を吹き込まれるようだ。昼間は見えなかった美しさ、優しさが到る処にちらばっている。けれども、日光の下で歩いて見ると、艷のない、塵っぽい店舗に私共は別に大して奇もない商品と小僧中僧の労作と、睡そうな、どんよりした顔つきの番頭とを認めるだけだ。夜になると、商売が単に商売――物品と金銭との交換――とはいえない面白さ、気の張りを持たせる同じ店頭に、今は日常生活の重さ、微かな物懶さ、苦るしさなどが流れている。私が何故そう奇麗でもない昼、夕刻にかけて散歩したかといえば、夜では隠れてしまう生活の些細な、各々特色のある断面を、鋪道の上でも、京橋から見下す河の上にでも見物されたからである。それに、昼間から夜に移ろうとする夕靄、罩って段々高まって来る雑音、人間の引潮時の間に、この街上を眺めているのは面白かった。私はライオンの傍の電柱の下で、永い間群集を見た。四辺が次第に鳩羽色となり、街燈がキラキラ新しい金色で瞬き出すと、どんな人の顔にも、何か他の時と異った一つの表情が現われた。誰でもひどく早足だ。四辻を横切りながら、自分の乗ろうとする電車の方ばかりに目をつけている。買いものの紙包みを持ち、小さい子供の手を引いた婦人の口元や眼には殆ど必死らしい熱心さがある。気の利いた外国風の束髪で胸高に帯をしめ、彼女のカウンタアの前ではさぞ気位の高い売り子でありそうな娘が、急いで来たので息を弾ませ、子供らしく我知らず口を少しあけて雑踏する電車の窓を見上げるのなどを認めると、私は好意を感じ楽しかった。夕刊売子と並んで佇み、私は、
「さあいそがずに。気をつけて。――いそがずに気をつけて……」
と心の中で調子をとって呟くのであった。
 人々の押し合う様子は、もう三四十分のうちに、電車も何も無くなると思うようであった。最後の一人をのせ、最後の一台が出発し切ると、魔法で、花崗岩の敷石も、長い長い鉄の軌道…

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