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祖母のために
そぼのために
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「文芸春秋」1925(大正14)年3月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-18 / 2014-09-18
長さの目安約 16 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 十二月の中旬、祖母が没した。八十四歳の高齢であった。棺前祭のとき、神官が多勢来た。彼等の白羽二重の斎服が、さやさや鳴り拡がり、部屋一杯になった。主だった神官の一人がのりとを読んだ。中に、祖母が「その性高く雄々しく中條精一郎大人の御親としてよく教へよく導き」老いては月雪花を友として遊び楽しんだというような文句が頻りにあった。長寿を完うした人であったし、困窮の裡に死んだ人でもなかったから、神官も他の文句を考えられなかったのだろう。けれども、私は、朗々と其等の文章が読み上げられたとき、明に一種の不愉快を感じた。のりとが余りとおり一遍で、嘘だという気が切なく湧いた。正直に訊いたら、列坐の親戚達も皆そう感じたと答えたと思う。祖母は、そんな堂々たる、同時に白々しいのりとなどにはまるで向かないたちの人であった。一生じみに、小さく暮した人であった。周囲に在る幸福や悦びを進んで心に味うようなことのなかった人であった。それ故、私どもに、祖母は何処やら気の毒な、必要以上にいつも勤勉な人として感じられていた。若しのりとの形式がどうにでもなるもので、親しく話すような調子で「貴女の苦労の多かった一生も先ず終りました。これからは安心して悠くりお休みなさい。本当に貴女はゆとりのない人であった。」と読まれたら、私は恐らく悲しさと一緒に身も心も溶けるような寛ろぎを感じて彼女のために泣いただろう。祖母の名は、運といった。
 祖母は、九月の下旬から、福島県下の小さな村の家に行っていた。祖父が晩年を過したところで、特徴のない僻村だが、家族的に思い出の深い家があった。七八年前まで、彼女は独りで女中を対手にずっとそこで暮していた。東京の隠居所へ移ってからも、祖母は春や秋になると田舎を懐しがった。あっちには、彼女が苗木の時から面倒を見ていた桐畑、茶畑があった。話対手の年寄達もいるし、彼女達を聴手とすれば、祖母は最新知識の輸入者となれた。行きたくなると、彼女は、息子や孫のいるところで、思いあまったように呟いた。
「おりゃあはあ、安積へでも行こうと思うごんだ」
(祖母は米沢生れで、死ぬまで東京言葉が自由に使えなかった。)
 余り思い入った調子なので、皆は不安になって祖母を見た。
「どうして? おばあさま」
 祖母は、赤漆で秋の熟柿を描いた角火鉢の傍に坐り、煙管などわざとこごみかかって弄りながら云う。
「近頃ははあ眼も見えなくなって、糸を通すに縫うほどもかかるごんだ。ちっとは役に立ちたいと思って来たが、おれもはあこうなっては仕様がない。――今年はあぶない。安積で死ねば改葬だ何だと無駄な費をかけないですむから、おりゃあ……」
「いやなお祖母様!」
 私が無遠慮に、祖母の言葉を遮るのが常であった。
「そんなことをおっしゃると、みんな心持がわるくなってよ。ただおりゃあ安積へ行きたくなったごんだとおっしゃいよ。――そ…

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