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わからないこと
わからないこと
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「不同調」1925(大正14)年7月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-18 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 時々考えると疑問になることがある。それは、男性の創る芸術的作品――文学でも美術でも――の中には、夥しく女性に対するアドレイションが表現されている。それだのに、女性の作品には、何故同じような男性に対するアドレイションが現されないのだろう、と云うことだ。
 勿論女性に対する愛重といっても、現わされる形は多様で決して中世の騎士的崇拝、または宗教的霊化に限っていない。チェホフのような態度、モウパッサンの視野、ストリンドベルク、ゲエテ、イプセン、片仮名でない名で見出せば西鶴、近松、近く夏目漱石、皆、それぞれのテムペラメントに従って、女性を愛している。或る者は、幾分当惑げな寛大さと興味深げな観察眼を以て、或る者は、女性の盲目的な熱情、素晴らしい肉体、小さい頭に絶望的な腹立ちや、驚歎や悲しみ、同情を感じながら。ルノアルの描く女性は何と愛らしいだろう。彼女達は、皆膨っ面をしている時でも、決して憎らしいとは思われそうもない単純さ、優しい暖かさ、生活の耀きにかこまれている。オーギュスト・ロダンが、無比の天才で、精神にも肉体にも力溢れ漲る女性を再誕させたことは誰でも知っている。
 それに対して、女性の芸術家は、どんな男性を、彼女等の作品の中に産み出しているだろうか。美術史に遺っている著名な女流画家――ロザ・ボンヌールは何を描いた? 一生、動物を描き通し、傑作は馬だ。マリー・ローランサンは、彼女の幻想の花や少女を独特の灰色、白、桃色、黒緑で、粋に病的に描く。二流、三流の通俗画家が、凡庸な構図とあり来りな解釈とで、神話の男神、アポロー、パンまたは、キリスト教の聖徒などを描いた他、或る女流画家の特殊な稟性によって、ユニクな属性を賦与された男子の肖像が在るだろうか。私は自分の狭い知識では不幸にして一つの例も知らない。文学的作品に於ては、もう少しは希望がある。東西の傑出した女性の作家は、兎に角彼女等の芸術家的客観性によって、男性を描写してはいる。然し、それは往々余り冷静すぎ、傍観的態度でありすぎ、または、道徳上の批評を多く加えてとりあつかわれている。何だかたっぷりしない。色彩の豊富な活きた印象が乏しい。私共は親しい源氏物語の光君は持っているが、彼とても、彼と交渉を持った数多い女性達の優婉さ、賢さ、風情、絵巻物風な滑稽等の生彩ある活躍にまぎれると、結局末摘花や浮舟その他の人物の立派な紹介者というだけの場合さえあるようだ。種々な作品を一般にいうと、女性の作家は何かの形でいつも「女としての」何ごとかを世間に向ってクレイムしていると思うのは私の誤だろうか。そういう相対的な観念を躍り越え、いきなりぐっと生のままの男性に迫り、深い理解、観照を以て心や体を丸彫りにする場合は尠い。理解や観照は対象を愛することから生ずる。好奇心を刺戟されることから起る。そして見ると、女性は、男性が女性を愛すように男を愛さ…

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