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金色の秋の暮
きんいろのあきのくれ
作品ID3875
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「サンデー毎日」1927(昭和2)年1月1日号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-24 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

  十月三十一日 晴
 起きてみると誰の姿も見えず。庭の方でYとSさんらしい声がする。顔を洗っていると、さだが「おや」と裏の方から出て来た。
 雨戸にかんかん日がさしている。芝生で椅子を並べ、Sさん、Yが支払いの帳面しらべをする手伝いをさせられていた。昨日、K先生のところへ行かれた由。風邪をこじらせて二階で夜着を顎まで引上げて寝ていた。「病気をしていらっしゃると何だかお気の毒でねえ」
 K先生、B学院で総指揮者、家でも総指揮者。
「私は他人のためにばかり生活して自分の生活がない形ですね」といわれたそうだ。
 暖かでそれはそれはいい気持。落葉沢山。
 昨夜たてたYの咽喉の魚の骨まだとれず、頻に気にしている。鹿野医院へ行ったが日曜で留守。もう一軒、あっちの桜並木通りの医者へ行った。やや暫くして、骨はとれずぷりぷりして帰って来た。洋館まがいの部屋などあるが、よぼよぼのまやかし医者で、道具も何もなく、舌を押えて覗いては考え、ピンセットを出しては思案し、揚句、この辺ですか、とかき廻されたのでやめにして来た由。「一円とられた。この医者大藪って貼紙して来てやろうか」
 Sさん、御良人の帰朝までもう一年。半年経ってやっと留守に馴れた。人間が境遇に馴れる力。シュニツレル、ゲーテ、イディオットのこと。子供のこと。年をとった女に歌心、絵心、それでなければ信心がある方がいいこと等。
 これあるかな松茸飯に豆腐汁。昼はこれ。
 M氏来。もう御昼はすみました。でもまあ一膳召しあがれよ。二度目の御昼だが美味かったそうだ。結構。皆おいしがったから、さだ嬉しがって満面ニコニコなり。
 平八郎の絵、朝顔がよかった(Mの話)帝展には大体興味なし。けれどもこの間契月、未醒、清方、霊華などの合評を読んだら、フム、と感じるところもあった。
 Sさんが帰ると、Y、急に九品仏に行こうといい出した。(三時半頃)この間N氏が家族づれで行ってなかなか道の心持がよかったというところだ。三井の横を抜け、竹藪を抜け、九品仏道と古風な石の道しるべについて行ったら、A氏の農園のすぐ横に出た。働いていたAさんと畑越しに大声で田園的挨拶を交す。
 駒沢へ出る街道から右に切れると、畑の起伏が多く、景色は変化に富んで愉快であった。午後の斜光を背後から受けてキラキラ光る薄の穂、黄葉した遠くの樹木、大根畑や菜畑の軟かい黒土と活々した緑の鮮やかな対照。
 九品仏は今は殆ど廃寺に等しい。本堂の裏に三棟独立した堂宇があり、内に三対ずつの仏像を蔵している。徳川時代のものだろうか。もう暗いので、朧に仏像の金色が見えただけ、木像、光背も木。余り立派な顔の仏でないようだ。境内宏く、古びた大銀杏の下で村童が銀杏をひろって遊んでいる。本堂の廊から三つの堂を眺めた風景、重そうな茅屋根が夕闇にぼやけ、大銀杏の梢にだけ夕日が燃ゆる金色に閃いているのは、なか…

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