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夏遠き山
なつとおきやま
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「大調和」1927(昭和2)年7月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-24 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 今日も雨だ。雨樋がタンタンタラ・タラタラ鳴っている。ここ(那須温泉)では殆ど一日置き位に雨が降る。雨の日は広い宿屋じゅうがひっそりして、廊下に出ると、木端葺きの湯殿の屋根から白く湯気の立ち騰るのや崖下の渡廊下を溜塗りの重ね箱をかついだ束髪の菓子売りが、彼方の棟へ渡って行くのなどが見える。私の部屋は四階の隅だ。前の廊下を通る者はなく、こうやって座っていても、細い鉄の手摺り越しに遙か目の下に那須野が原まで垂れた一面の雨空と、前景の濃い楢の若葉、一本の小さい煙突、よその宿屋の手摺りにかかった手拭などが眺められる。濡れて一段と美しい楢の若葉を眺めつつ私はこの景色の中では木端屋根がなかなかよい、調和し落付いた風景の一部をなしているなどと思う。この辺は風も強い。三月頃まで家を揺って強風が吹きまくるので、瓦屋根には出来ない。それでどの家も細かく葺いた木端屋根なのが、粗く而も優しい新緑の下で却って似合うのだ。裏通りなど歩くと、その木端屋根の上に、大きなごろた石を載せた家々もある。木曾を汽車で通ると、木曾川の岸に低く侘しく住む人間の家々の屋根が、やっぱりこんな風だ。早春そこを通ったので雪解の河原、その河原に茂っている多分河楊だろう細かく春浅い枝をひろげた灌木、山又山とほんのり芽ぐみつつまだ冬枯れの密林が連った光景、そこへそのような屋根を点々と、如何にも山村浅春の趣が深かった。葉をふるい落した樹木の線の実に卓抜した美を感じたのもここを通った時の獲物だ。
 那須には、そんな一種繊細なところのある風景は尠い。然し何と重厚に自然は季節を踏んで行くことだろう。先月二十七日に来た時、東公園と呼ばれる一帯の丘陵はまだ薄すり赤みを帯びた一面の茶色で、枯木まじりに一本、コブシが咲いていた。その白い花の色が遠目に立った。やがて桜が咲いて散り、石崖の横に立つ何だかわからない二丈ばかりの木が、白い蕾を膨らませ始める。――五月の緑の間に咲く白い花を私は愛する。東京を立って来る前、隣りの花園で梨の花が咲いた。もう葉桜だ。その木の間がくれに見える白い梨花、春の嵐が来て空は今にも大雨を降らしそうな鉛色で鈍く暗く、光る。その下にねっとり白く咲く梨の花の調子は、不安なポプラの若葉の戦ぎと伴って、一つの音楽だ。熱情的な五月の音楽だ――何の花だろう。何の花だろう。朝起きるとその木を見る。女中に訊いても樹の名を知らぬ(大体、田舎でも樹木の名など知らない人が多いのは意外だ。却って田舎の人が自然と絶縁して暮している)或る朝、ところが、一番日当りよい下枝の蕾が開いた。その清らかに爽やかな初夏の贈物に向って心が傾きかかった。日ごとに白い花の数は増して、やがて恰好よい樹がすっかり白い単弁の花と覗き出した柔い若葉でつつまれた。幾日かかかって花は満開になったのだ。その満開のまま今度は更に幾日も幾日もある。那須山麓のことだから、そ…

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