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一隅
いちぐう
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「作楽」お茶の水附属高女同窓会会報第三十九号、1927(昭和2)年12月7日発行
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-27 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 洋傘だけを置いて荷物を見にプラットフォームへ出ていた間に、児供づれの女が前の座席へ来た。反対の側へ移って、包みを網棚にのせ、空気枕を膨らましていると、
「ああ、ああ、いそいじゃった!」
 袋と洋傘を一ツの手に掴んだ肥った婆さんが遽しく乗り込んで来た。
「早くかけとしまいよ、ばあや、そら、そこがあいてるわよ、かけちゃいさえすればいいから……よ」
 プラットフォームに立って送りに来た二十七の町方の女が頻りに世話を焼いた。
「ああここにしようね――御免なさい」
 前の座席には小官吏らしい男が一人いるだけであったが、三等の狭い一ツの席に肥った私、更に肥った婆さんが押し並ぶのには苦笑した。十一時四十分上野発仙台行の列車で大して混んでいず、もっと後ろに沢山ゆとりはあるのだ。婆さんの連れは然し、
「戸に近い方がいいものね、ばあや、洋傘置いちゃうといいわ、いそいでお座りよ。上へのっかっちゃってさ」
 窓から覗き込んで指図する。婆さんは、けれども矢張り洋傘を掴んだまま、汚れた手拭で顔を拭いた。
「降りゃしないかね、これで彼方へつくのはどうしたって日暮れだ」
「大丈夫だよ、俥でおいでね、くたぶれちゃうよ。一里半もあるんだってからさ」
「お前傘は?」
「いいよ、平気」
「どうせ家へかえるんだもんね」
「あああ家へかえるんだもの」
 婆さんは、偶然の隣人である私の風体を暫く観察していたが、いきなり云った。
「源坊、あぶないよ」
 女は、遠い改札口の方をぼんやり眺めたなり鸚鵡返しに、
「あぶないよ本当に」
と、傍に立って車窓を見上げている六ツばかりの男の児の手を引っぱった。白っぽい半洋袴服をつけ、役者の子のような鳥打帽をかぶったその男の児は、よろけながら笑った。
「大丈夫だよ」
 婆さんは荒っぽい愛惜を現した顔で子供を眺めながら云った。
「乗りたいの、やっと辛棒してるんだよ。ね? そうだろう?」
「そうさ、今が今まで一緒に行く気でいたんだもの」
「又この次のとき行くさ。どうせ一晩泊りだもん――あっちじゃ伯母さんが来るだろうかねえ」
「さあ」
「来りゃいいのにね、そうすりゃこの間のことだってあのまんま何てことなくなっちゃっていいんだがね」
「来るだろう」
 空気枕に頭を押しつけこれ等の会話をききつつ、私は可笑しい、奇妙な心持がした。ばあや、ばあやと呼ばれる婆さんも――恐らく送りに来ている女の母親なのだろうが、その若い女の方も、殆ど絶えず喋る癖に、互にまるで上の空のようであった。反射的にひょいひょいいろいろ云う。ちっとも語調に真情がない、――
 軈て発車した。
 私は眠い。一昨日那須温泉から帰って来、昨日一日買いものその他に歩き廻って又戻って行こうとしているのだから。それに窓外の風景もまだ平凡だ。僅かとろりとした時、隣りの婆さんが、後の男に呼びかけた。
「あのう――白岡はまだよっぽど先…

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