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ニッポン三週間
ニッポンさんしゅうかん
作品ID3893
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「読売新聞」1930(昭和5)年12月2、3日号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-27 / 2014-09-18
長さの目安約 8 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 新聞包をかかえて歩いてる。
 中は、衣紋竹二本・昭和糊・キリ・ローソク・マッチ・並にラッキョーの瓶づめ一本。――世帯の持ちはじめ屡々抱えて歩かれる種類の新聞包だ。朝で、帝大構内の歴史的大銀杏の並木は晴れた秋空の下に金色だ。
 金色の葉は砂利の上にも散ってる。吹く風の肌ざわり。ラッキョーの瓶。どっちも一寸しめっぽくて、ひやっこくて――帝大のブルジョア大学らしいネオ・ゴチックの建物を眺めながら歩いていると、実に三年ぶりの日本の秋だ。
 空を飛んで来たブルース夫人は日本及朝日新聞社へ着陸した。彼女は飛行帽をぬぎながら愛嬌よく云った。
 ――美しい日本! 機上から国全体が公園のような日本を見下したときはほんとに愉快でした。
 全く、日本の秋に紅葉した山々は、細かく細かく小庭のように区切った田の上で、細かい木製道具をつかってすべてを二本の手の働きだけで稲の収穫をしつつある日本の農夫の姿は、ヨーロッパの眼にどんなにか異国的であろう!
 米価惨落・生糸惨落・造船事業の縮小は来年の春までに数万人の失業者を更に街頭に送り出すであろう。
 J・O・A・K! 梅村蓉子は今度結婚することになりました。
 浜口首相の腹へピストルの玉がとび込んだのは日本へかえって二日目ぐらいの出来ごとだった。
 その中で、自分が草臥れきって眠っていた下関発の夜汽車は、丹那で大断層の起った少しあと三島駅を通過した。
 伊豆地方の大震災
 惨たる各地の被害
 震源地は丹那盆地
 死者二百三十二名
 伊豆震災救済策
 震災地方の納税減免
 国庫負担法で業務教育費交付
 両腕の動かしかたに共通の一種独特の職業的癖をもっている日本の列車ボーイが沈着な声で誰かに云ってる。
 ――東京は四十分ばかり延着いたします。地震で線路の上へ煙突が倒れたもんですから。
 前の座席の旅客が雑誌キングをわきに放り出して二十六日の新聞をひろげていた。こっち側から見える。「日本刀焼ゴテで奮戦・文芸戦線大異状。」前田河広一郎・葉山嘉樹・岩藤雪夫及黒島伝治の写真。
 東京へかえったら二三の知人が、
 ――どうですね、日本のプロ文士の剣劇レビューは?
と云って笑った。
 ――ソヴェトのプロ文士の喧嘩もあんな工合なんですか。えらく荒っぽいことがすきと見えるね。
 自分は返事に困った。だって、プロ文士と云ったって、所謂社会主義だって国家主義から共産主義までの間に種々雑多な日和見主義、民主主義がはさまって、何れも顔付だけは一廉何か民衆解放に貢献するみたいに声明してはストライキを売ったりしてるのと同様だ。一口に云えぬ。まして日本みたいに労働者農民の政治的自覚がヨーロッパ戦争後世界経済界の変遷につれて急速に進展したところでは、プロレタリア文学発育の時間的に短い過去の中に極めてテンポの速いイデオロギー的躍進がつつみこまれてる。(一九二七年十一月)労農…

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