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わかれ道
わかれみち
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「日本現代文學全集 10 樋口一葉集」 講談社
1962(昭和37)年11月19日
入力者青空文庫
校正者小林繁雄、米田進
公開 / 更新1997-10-15 / 2014-09-17
長さの目安約 14 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

       上

 お京さん居ますかと窓の戸の外に來て、こと/\と羽目を敲く音のするに、誰れだえ、もう寐て仕舞つたから明日來てお呉れと嘘を言へば、寐たつて宜いやね、起きて明けてお呉んなさい、傘屋の吉だよ、己れだよと少し高く言へば、嫌な子だね此樣な遲くに何を言ひに來たか、又お餅のおねだりか、と笑つて、今あけるよ少時辛棒おしと言ひながら、仕立かけの縫物に針どめして立つは年頃二十餘りの意氣な女、多い髮の毛を忙しい折からとて結び髮にして、少し長めな八丈の前だれ、お召の臺なしな半天を着て、急ぎ足に沓脱へ下りて格子戸に添ひし雨戸を明くれば、お氣の毒さまと言ひながらずつと這入るは一寸法師と仇名のある町内の暴れ者、傘屋の吉とて持て餘しの小僧なり、年は十六なれども不圖見る處は一か二か、肩幅せばく顏小さく、目鼻だちはきり/\と利口らしけれど何にも脊の低くければ人嘲けりて仇名はつけゝる。御免なさい、と火鉢の傍へづか/\と行けば、御餅を燒くには火が足らないよ、臺處の火消壺から消し炭を持つて來てお前が勝手に燒いてお喰べ、私は今夜中に此れ一枚を上げねば成らぬ、角の質屋の旦那どのが御年始着だからとて針を取れば、吉はふゝんと言つて彼の兀頭には惜しい物だ、御初穗を我れでも着て遣らうかと言へば、馬鹿をお言ひで無い人のお初穗を着ると出世が出來ないと言ふでは無いか、今つから延びる事が出來なくては仕方が無い、其樣な事を他處の家でもしては不用よと氣を付けるに、己れなんぞ御出世は願はないのだから他人の物だらうが何だらうが着かぶつて遣るだけが徳さ、お前さん何時か左樣言つたね、運が向く時に成ると己れに糸織の着物をこしらへて呉れるつて、本當に調へて呉れるかえと眞面目だつて言へば、夫れは調らへて上げられるやうならお目出度のだもの喜んで調らへるがね、私が姿を見てお呉れ、此樣な容躰で人さまの仕事をして居る境界では無からうか、まあ夢のやうな約束さとて笑つて居れば、いゝやな夫れは、出來ない時に調らへて呉れとは言は無い、お前さんに運の向いた時の事さ、まあ其樣な約束でもして喜ばして置いてお呉れ、此樣な野郎が糸織ぞろへを冠つた處がをかしくも無いけれどもと淋しさうな笑顏をすれば、そんなら吉ちやんお前が出世の時は私にもしてお呉れか、其約束も極めて置きたいねと微笑んで言へば、其つはいけない、己れは何うしても出世なんぞは爲ないのだから。何故/\。何故でもしない、誰れが來て無理やりに手を取つて引上げても己れは此處に斯うして居るのが好いのだ、傘屋の油引きが一番好いのだ、何うで盲目縞の筒袖に三尺を脊負つて産て來たのだらうから、澁を買ひに行く時かすりでも取つて吹矢の一本も當りを取るのが好い運さ、お前さんなぞは以前が立派な人だと言ふから今に上等の運が馬車に乘つて迎ひに來やすのさ、だけれどもお妾に成ると言ふ謎では無いぜ、惡く取つて怒つてお呉ん…

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