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行方不明の処女作
ゆくえふめいのしょじょさく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「婦人文芸」1935(昭和10)年3月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-11-30 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 活字となって雑誌に発表された処女作の前に、忘れることの出来ない、もう一つの小説がある。
 私は小学校の一二年の頃から、うちにあった小さいオルガンを弾きおぼえ、五年生時分には自分の好きなのは音楽なのであろうと思っていた。ところが、段々文字がよめ、文章を書くことに興味を覚えてから、音楽もすきだが文学はもっと身近いものとして感じられるようになって来た。そして、恐らくは誰でも一度経験するであろう濫読、濫写、模倣の時代がはじまった。
 母が読書好きであった関係から、家の古びた大本箱に茶色表紙の国民文庫が何冊もあって、私は一方で少女世界の当選作文を熱心に読みながら、ろくに訳も分らず竹取物語、平家物語、方丈記、近松、西鶴の作品、雨月物語などを盛によんだ。与謝野晶子さんの現代語訳源氏物語が出版されたのは、正確にはいつ頃のことであったか。今はっきり思い出せないが、私はそれを真似て、西鶴の永代蔵の何かを口語体に書き直し、表紙をつけ、綴じて大切に眺めたりした覚がある。
 小学校六年の夏休みのことであった。母が嫁入りの時持って来てふだんは使われない紫檀の小机がある。それを親たちの寝所になっていた六畳の張出し窓のところへ据えて、頻りに私が毛筆で書き出したのは、一篇の長篇小説であった。題はついていたのか、いなかったのか、なかみを書く紙は大人の知らない間にどこからか見つけ出して来て白い妙にツルツルした西洋紙を四六判截ぐらいに切ったものを厚く桃色リボンで綴じ、表紙の木炭紙にはケシの花か何かを自分で描いた。ペンにインクをつけて書くことは私の時代の小学生は知らなかった。女学校に入ってからそれは覚えたので、私はその時大いに意気込んだ心持を毛筆に托して、下書もせず、下書をするなどということさえ知らず、その小説を書き出したのであった。
 或る午後、私が蝉の声をききながら、子供らしくボーとなったり、俄にませた感情につき動かされたりしながらその小説を書いているところへ、何かの都合で母が来た。そして、書いているものを見つけ、
「それ、百合ちゃん、お前が書いたの?」
というからそうだと答えたら、母は、
「まあ、何だろ!」
と、一種の表情で云い、その場でとりあげたのであったかどうか、ともかくそれっきり、その桃色リボンで綴じた小説は私の前から消えてしまった。夏の海辺の夜の中を若い男と女とが散歩をしている。女は白い浴衣で団扇をもち、漁火が遠く彼方にチラチラ燦いているという極めて風情のあるところで、肝心の帳面ぐるみ、小学生作家の空想は明治時代らしいモラリストである母によって中断されてしまったのである。
 ずっと後になってから私はその頃のことを思い出し、母にきいたが、母は一寸ばつのわるいような笑いかたで、へえそんなことがあったかしらと云い、もう自分がそれをどう始末したのか思い出すことも出来なかった。
 読めばふき出…

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