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写真に添えて
しゃしんにそえて
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「中條精一郎」(追悼録)、国民美術協会、1937(昭和12)年1月発行
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-03 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 これは、長さ一寸余、たけ一寸ばかりの小さい素人写真です。焼付も素人がしたものと見え、三十年後の今日でもこの写真の隅に、焼付をしたひとの指紋のあとがはっきり見えます。やっと小学校に入ったぐらいの年であった私あてにかかれた次のような文句が裏にあります。
「コレモ ユリコサン ニアケマス オトウサマカ ナニヲシテ イマスカ オカアサマニ オキキナサイ オカシイデショウ
   〇六・三・二六」
 ロンドンから母宛に来た手紙の中に封じこめられたものであったのでしょう。コレモ、とあるのだから、きっと何かほかにも私にくれたものがあったのでしょうが、それが何であったか思い出せず、残念に思われます。
 父が、美術に対してどのような鑑識をもっていたかということは、私に明瞭には答えられません。ときには文学の仕事をやっている娘とはちがった趣味を父が持っていることを感じ、建築家は、家とくっつけて絵でも見るから、そうなのかしら、と思うことも少くありませんでした。例えば、父はずっと昔から、いずれかというと、装飾的な要素のかった、色彩的な絵をこのみました。ブラングィンがヴェニスの景色をごく色彩的な効果で描いたのをもっていて、それなど愛しておりました。
 家庭で、子供たちの美術的な教養を高めるような努力というものを特別にはしませんでしたが、何かの折にふれ、若い時分の思い出として、高等学校時代にこの祥瑞を買ったんだよ、なかなか俺も馬鹿にしたもんじゃなかろう、と笑いながら、柱にかかっている一輪差しを眺めていたことがあり、また、今も古ぼけてよごれながら客間の出窓に飾られている石膏のアポロとヴィナスの胸像も、やっぱり高等学校時代の買物で、これを貧乏書生が苦心して買って家へもって帰って来たら、八十何歳かの祖母が、そんな目玉もない真白な化物はうちさいれられねえごんだと国言葉で憤慨し、それを説得するに大骨を折ったと話したりしたこともありました。
 金があったらば、父も少しはよい絵を買いましたでしょう。自分ではそれが出来ず、仏蘭西展などがあったとき、私を呼んで二人でカタログなどをひろげ、買うならこれが欲しいなどと話し、実際にそれを買うということは出来ませんようでした。
 陶器の趣味についても同様でした。やっぱり逸物を手に入れるには金がいる。そこまでは手が届かぬ。それで晩年は見物だけでした。亡くなる前の年の秋ごろでしたか壁懸の展覧即売会がありました。その中で、優れたものを当時建築が完成しかけていた某邸の広間用として是非おとりになるようにするのだといって、自分の手で建てられた家のそれぞれの場所に、自分の気にも入った世界的レベルの絵画、工芸品の飾られるのを見て、深いよろこびと満足とを感じている様子でした。そういう時の、父の老いたが若々しい光のある顔は、美術品に対する無私な情愛というようなものに溢れており、娘の私…

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