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先駆的な古典として
せんくてきなこてんとして
副題バッハオーフェン『母権論』富野敬照氏訳
バッハオーフェン『ぼけんろん』とみのよしてるしやく
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「母性」ブリッフォート著・富野敬照訳、白揚社、1939(昭和14)年3月発行
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-09 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 昨今の複雑で又変動の激しい世相は、一方に真面目な歴史研究への関心を刺戟しているが、若い婦人たちの間にも、益々多岐多難な女性の日常生活についての自省とともに、人類の長い歴史の消長のなかで女はどのような社会的歩きかたをして来たものかという女性史についての探求心が旺になっているのは、現代日本の興味ある一つの現象であると思う。その方面に関心をもっている人々は、明らかに自分たちの今日から明日への現実的な生き方を念頭において研究をも試みているのであり、日本の女性史の一瞬にパッと閃いて、やがてより濃い闇に埋められた「青鞜時代」のロマンティックな女性史への興味とは、おのずから本質がちがって来ている。
 今度古典的なバッハオーフェンの『母権論』の序文とエーリッヒ・フロンムという人のその批判とが合わせて翻訳されたことは、女性の歴史・家族の歴史・近代社会の発生とその社会内における婦人の現実的関係を知ろうとする読書人にとって、疑いなく一つの価値ある文献を加えられたことである。
 訳者富野敬照氏は日本の上代の歴史との連関においても『母権論』の古典的文献的価値を認めて居られる。モルガンの「古代社会」や家族、私有財産及び国家の起源に関するエンゲルスの著作などは、その見解に対する賛否はいずれにせよ、その部門での古典として何人も読まざるを得ないものであるから、既にこれらの極めて具体的でありリアリスティックな諸研究のうちに十分とりあげられ、その先駆的な労作としての評価と発展的な批判とがなされているバッハオーフェンのこの「宗教をもって世界史の決定的な槓杆とした」研究も、未踏であった先史の中に第一歩を印した古典として、読まるべき意義を失ってはいないのである。
 一八六一年に書かれたこの『母権論』の功績は、著者バッハオーフェンが自身の神秘的な観念に制約されつつも、熱心にギリシア、ローマ等の古典文学を跋渉し、章句を引用し、彼以前には、全く空白に等しかった先史の分野に、一夫一婦制以前の社会が単に無規律性交の行われていた原始状態であったのではなくて、その「血統が母系において――母権によって」辿られたこと、その結果、女子が重い尊敬をうけた女性支配を齎していたことを証明した点にあった。訳出されているのは序文だけである由だが、バッハオーフェンの思索とその方法と表現とのかかる古典的特色は満喫し得る。ギリシア神話と英雄伝とを日常生活の伝統に持っていない日本人にとっては、全く訳者の云われている通り訳すにも労多く、感情をもって理解するにも当然或る困難を伴うのである。同時に、今日の世界に生きている読書人にとっては、例えばギリシア人の間で母権から父権への推移が生じた原因を、バッハオーフェンの説明したように、宗教的観念の発達した結果新しい神々が旧いギリシアの神々の間にわり込んで来て勝利したからであると考えることも、亦不可能…

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