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からたち
からたち
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「文芸春秋」1939(昭和14)年6月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-09 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 その時分に、まだ菊人形があったのかどうか覚えていないが、狭くって急な団子坂をのぼって右へ曲るとすぐ、路の片側はずっと須藤さんの杉林であった。古い杉の樹が奥暗く茂っていて、夜は五位鷺の声が界隈の闇を劈いた。夏は、その下草の間で耳を聾するばかりガチャガチャが鳴いた。
 杉林の隣りに細い家並があって、そこをぬける小路の先は、又広々とした空地であった。何でも松平さんの持地だそうであったが、こちらの方は、からりとした枯草が冬日に照らされて、梅がちらほら咲いている廃園の風情が通りすがりにも一寸そこへ入って陽の匂う草の上に坐って見たい気持をおこさせた。
 杉林や空地はどれも路の右側を占めていて、左側には、団子坂よりの人力宿からはじまって、産婆のかんばんのかかった家などこまごまと通って、私たちが育った家から奥の動坂よりには、何軒も代々の植木屋があった。
 うちの前も善ちゃんという男の子のいる植木屋で、入口に[#挿絵]莢の大木が一本あった。風のきつい日に、[#挿絵]莢の実が梢の高いところでなる音をきいたりした。竹垣が低くその下をめぐっていて、赤い細い虫の湧くおはぐろどぶがあった。うちの垣根は表も裏もからたちの生垣で、季節が来ると青い新芽がふき、白い花もついた。
 裏通りは藤堂さんの森をめぐって、細い通が通っており、その道を歩けばからたちの生垣越しに、畑のずいきや莓がよく見えた。だから莓の季節には、からたちの枝を押しわけて、子供が莓盗人に這いこんだりしたが、夜になれば淋しい淋しい道で、藤堂さんの森の梟がいつもないていた。
 夏目漱石の家が、泥棒に入られたのは、千駄木時代のことだったと思う。あの頃、千駄木あたりは、一体よく泥棒がいたんだろうか。藤堂さんの森をめぐるくねくねした小路は、泥棒小路と呼ばれていた。当時一仕事した連中は、何かの便利から、大抵そのうねった路を抜けて、やっちゃばの方へ出たり、田端へ出たりしたものらしい。そういう技術的な専門通路が、からたち垣の一重外を通っているのであるから、自然、うちへも何度か顔を見せぬ君子が出没した。
 私が六つぐらいだった或る夏の夜、蚊帳を吊って弟たち二人はとうにねかされ、私だけ母とその隣りの長四畳の部屋で、父のテーブルのところにいた。テーブルの上にはニッケルの浮模様のある丸いランプが明るく灯っていて、雨戸はすっかり開いていた。母は外国にいる父へやるために、細筆で、雁皮の綴じたのに手紙を書いている。私は眠いような、ランプが大変明るくていい気持のような工合でぼんやりテーブルに顎をのっけていたら、急に、高村さんの方で泥棒! 泥棒! と叫ぶ男の声がした。すぐ、バリバリと垣根のやぶれる音がした。母が突嗟に立って、早く雨戸をおしめ、抑えつけた緊張した声で云うなり、戸袋のところへ走って行った。私は、戸袋から母がくり出す雨戸を出来るだけ早く馳けて押した…

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