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祖父の書斎
そふのしょさい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「東京堂月報」1939(昭和14)年12月号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-12 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 向島の堤をおりた黒い門の家に母方の祖母が棲んでいて、小さい頃泊りに行くと、先ず第一に御仏壇にお辞儀をさせられた。それから百花園へ行ったり牛御前へ行ったりするのだが、時には祖母が、気をつけるんだよ、段々をよく見て、と云って二階へつれてあがった。いつも使っていない二階は不思議な一種の乾いた匂いが漂っていて、八畳の明るい座敷の方から隣の小部屋の一方には紫檀の本箱がつまっていて、艷よく光っていた。森閑としたなかでそうやって光っている本箱はやはりこわさを湛えていて、おじいさまの御本だよ、と云われても凝っと祖母の腰によりそって遠くから見るだけだった。この祖父の写真が一枚あったが、白髯で小柄なのに、子供の心にしたしめる表情は乏しかった。この向島からのかえりには浅草の仲店の絵草紙やで、一冊五銭ぐらいのお伽噺の本を買ってもらうのがきまりであった。大抵巖谷小波の本であった。祖父の蔵書は後でどこかに寄附されたが、あのぎっしり並んで光っていた本箱の行方については全く知らない。
 やがて『少女世界』が私の本という新鮮な魅力をもって一冊一冊とためられ、冬の縁側で日向ぼっこをしながらそれをあっちへ積みかえこっちへ積みかえしていた心持が思い出される。もっともこの時分には、もううちの本棚への木戸御免で、その又本棚というのが考えれば途方もないものだった。居間のとなりに長四畳があってそこに父の大きいデスクが置いてある。背後が襖のない棚になっていて、その上の方に『新小説』『文芸倶楽部』『女鑑』『女学雑誌』というような雑誌が新古とりまぜ一杯積み重ねてあって、他の一方には『八犬伝』『弓張月』『平家物語』などの帝国文庫本に浪六の小説、玄斎の小説などがのっていた。その棚の下のどこかに鏡台がおいてあったのを思えばそこは主に母の本棚だったのだろうか。
 女学校の二年ぐらいから、玄関わきの小部屋を自分の部屋にして、こわれかかったような本棚をさがし出して来て並べ、その本棚には『当世書生気質』ののっている赤い表紙の厚い何かの合本や『水沫集』も長四畳のごたごたの中からもって来ておいた。
 父方の祖母はずっと田舎暮しで、そこの家の本のあるところが、実に夏休みの間の探険場所であった。この祖母は、筆の先をなめて、あぶら一しょ、と書くひとであったから、読む人のなくなった本は薄暗い三畳の戸棚の中やしめ切った客間の裏の板の間におしこんであった。こっちの本には、いろいろな珍しい英語の本があった。西洋の地獄の插画のついたのがあったり、何か機械の図解のついたのがあったり、詩集があったりした。文学の本は少くて、政治や経済の明治初期の本があった。父方の関心はそういうところにあったと思える。西洋の地獄の插画のある本や詩集などは、省吾さんという叔父のもので、そのひとはホーリネスの信者で、支那やアメリカを旅行して日本へかえると間もなく死んだ。…

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