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二人の弟たちへのたより
ふたりのおとうとたちへのたより
作品ID3967
著者宮本 百合子
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「輝ク部隊」第一輯、1940(昭和15)年1月1日発行
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-12 / 2014-09-18
長さの目安約 6 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 火野葦平さんが先頃帰還されて、帰還兵の感想という文章を新聞にかいていました。そのなかで、最も私の心をうったことは、戦線にいる兵隊さんたちは、だれでもみんな故郷からのたよりを待っている。何でもない毎日のことを書いた、その何でもない手紙というものこそ待っているのだ、ということでした。これは全くそうだろうと思います。丁度その文章をよんだとき、従弟の一人でもう二年以上内蒙に出動しているのから手紙が来て、そっくりそのとおりのことを云ってよこしていました。あたり前の何でもない日々のことを書いたものが読みたいと沁々思う、と。
 これは達ちゃんの実感にもきっとあることでしょうね。隆ちゃんにしてもそういう感じでしょうと思います。私は先ずこのたよりのなかで、出来るだけこまかく、その何でもない心が休めるような毎日のいろんなことをすこし話したいと思います。
 先ず、二人とも丈夫のことを心からうれしく思って居ります。もうそちらは寒いでしょうね、零下何度ぐらいになりますか? 東京は一時急に秋が深まったようで寒くなりましたが、この二三日はどういうわけか暖くて、きょうは珍しく朝から午後まで雨が降りました。垣根越しにお隣の柿の木の色づいた葉が見えますし、市中の並木の銀杏も大分黄色くなりました。プラタナスの枯葉がきょうのすこし強い風にふきおとされて雨にぬれた歩道に散っていました。日比谷公園では例年のとおり菊花大会をやっています。用事で公園をいそぎ足にぬけていたら、いかにも菊作りしそうな小商人風の小父さんが、ピンと折れ目のついた羽織に爪皮のかかった下駄ばきで、菊花大会会場と立札の立っている方の小道へ歩いて行きました。
 先達って靖国神社のお祭りの時は、二万人ほどの人々が上京したそうでした。電車の中にも省線のなかにも胸にしるしをつけた老若男女の姿があって、古風な紋付羽織を着たお父さんにつれられて、赤ちゃんを抱いた黒紋付の若い女のひとの姿などは、特に人々の眼をひきました。夜は、星空をサーチライトの光が青白く、幅ひろく動いていました。今年の春のお祭りには、お母さんも丁度終りの日から御上京でしたから、お詣りもなさり、いろいろ珍しいものも御覧になりました。あのときは日光見物にいらした汽車のなかにも胸にしるしをつけた人たちが、どっさりのり合わせました。中禅寺湖のまわりの群集も大部分がそういう人たちでした。
 お母さんはお元気ですから御安心下さい。九州のあの有名な中風よけのお灸、あれをこの間お据えになったそうです。体にはよく気をつけていらっしゃいますから、御心配いりません。この間の村の秋祭りには、あなた方のことをお祈りになって御馳走をおこしらえになり、若い連中をおよろこばせになったそうです。多賀ちゃん、静にしておいで、と障子をしめてちゃんと坐っていらっしゃるから何がはじまるのかと思ったら、三味線で春雨やなん…

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