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よろこびの挨拶
よろこびのあいさつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出民主的な建築団体創立総会へのメッセージ、1946(昭和21)年6月8日
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-21 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 人間が、人間らしく幸福に住むためには、どの位の空間がいるものでしょう。そして、その空間は、今日の社会の進歩と自然の条件とに対して、健全に人間を休ませ、活動させるためには、どんな備えをもっていなくてはならないものでしょうか。
 大昔は穴居していた人間。それから城廓とそのぐるりの小舎に住んでいた人々。市民の家屋というものが、都市に出現するようになってから、われわれの文化史は重大な変化を経験しました。この変化につれて「家を建てる人」の社会における意味も一世紀ごとに推移しました。家を建てる仕事が「言葉なき家畜」である奴隷の労役によってされた時代から、有名な築城師があらわれました。ついで、芸術家としての名建築家が、王侯貴族たちの名声と権力と金の力とをつくしてその腕を発揮しました。近代社会の経済機構が基礎をかためてからは、資本が、建築のすべての条件を決定するようになりました。建築家は自身のどんな想像力を具体化することが出来たでしょう。資本が、その天性にしたがって強力無慈悲な計算をする、その計画に、どの程度のプロメシウス的な反抗をしたでしょうか。
 例えば、ひところの住宅建築に、空間のぬけ目ない利用或は立体化ということが流行ったことがあります。昔シカゴ市で見学した一つのアパートメントの有様は、今もまざまざと目に残っています。ある一つのドアをノックしました。そのクリーム色に塗られた近代風のドアが開くと、その一間住宅であるアパートメントの瀟洒な布張のアーム・チェアに細君がかけて編物をしています。ドアを開けてくれたのはそこの主人でした。
 シカゴ市の有名な建築家である某氏が、一寸来訪の意味を説明すると、その小肥りで陽気な御主人は、いかにも快活に「さアさア」と柱のどこかについていたスウィッチを押しました。壁だと思っていた鏡板が動き出して、大きい大きい貝がらのように開いて床から一定の高さに落着いたら、それはダブル・ベッドでした。シーツも枕もかけものも、みんなそっくりそのまま入れたままになっています。びっくりして見ている目の前で、可笑しい手品をして見せるように、又ボタンを押しました。尨大なダブル・ベッドは、緩慢にカラを閉じてすべすべした鏡板に戻ってしまいました。
「何て、簡単なんでしょう!」
 子供らしい私の感嘆は、夫婦を非常に満足させたようです。
「全く簡単ですよ。家庭の妻の負担は、本当にへります。御存知でしょう? 寝床つくりが一仕事なのを――ね」
 そして、今度は細君が、一つの戸棚のようなドアをあけて、流し元を見せてくれました。一つの窓もない箱の中に、昼間の電燈がキラキラして、手をのばせば、万端の用事が済むように出来ています。何と能率的でしょう。でもまた、何と薬局めいているでしょう。ベッドにしても、それが開いて下りて来ると殆ど室一杯になって、本を読むせきもないようです。
 丁寧…

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