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朝の話
あさのはなし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出NHKラジオの原稿、1946(昭和21)年9月13日放送
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-21 / 2014-09-18
長さの目安約 5 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 一、今年は珍しく豊年の秋ということで、粉ばかりの食卓にも一すじの明るさがあります。
 一、けさも又早い時間にお話をすることになりました。が、この時間の放送に何か理屈っぽい、云ってみれば教養めいたお話をするということがいつもそぐわなく感じられます。
 一、どんな方でも、朝おきてさてこれから一日の活動にとりかかろうと、その気持で食卓にも向い身じたくもととのえるとき、其々御自分として何か一日の計画をもたない方があるでしょうか。
 一日の計は朝にあり、と世界中で云いふるされています。
 一、そうだとすれば、あらゆる方々が御自分の一日の計をもって充実した気分を保とうと希んでいらっしゃるとき、わきから思ってもいなかった話を注ぎこまれるというのは愉快なことでしょうか。むしろ、落ついて心持のよい音楽でもきいて活動の準備をしたいと御思いにならないでしょうか。
 一、ところで、いま、みなさまのお心にはどんなお考えがあるでしょう。実に様々であろうと思います。
 一、きょうは一つ本を買おう一つ靴みがきをさせようそう思っている方もあればきょうは一つカミソリの刃を買わなければならないと思っている方もあり、きょうこそ一つあの話をものにして、と事業のことを考えている方もあるでしょう。今の瞬間に考えていられることが、きょう一日のうちにその幾らの部分実現されてゆくでしょう。
 一、大体、ものを考える、ということを、私たちはこれまで大げさに、むずかしいことに思いすぎて来ていると思います。
 あらゆるときに人間というものは只生きっぱなしているものではない、必ず経験していることを、心にうけとって、そこから一歩進み出た考えをまとめているものだ、ということを、知らなすぎたようです。
 だからものを考える、というといつでも何かむずかしい題がつくようなことを、いかめしく考えなければならないように思って少し世馴れて来ると、考えるということを面倒くさがるのが、わたしたち、特に日本人の癖です。考えたってはじまらない。よくそう申します。そんなことを考えるのは、俺の柄じゃない。
 そして、学生時代だけがものを考える時だという風になってしまいます。
 一、けれども、考えるということ、又判断するということを、私たちは、知らず知らずのうちにいつもしているわけです。たとえば、(きょう本を買うにしても三味堂の話、)この頃芝居の切符を買う人の買い方が大変変って来たとききます。預金封鎖の強化と失業におびやかされて、芝居ずきの人も手当りばったりに金を出さなくなったわけです。本やでも同じことが云われはじめました。本当にいい本必要な本しか売れにくくなったと。
 ここに、生活の条件とぴったりあった人の考えかた、判断というものがあらわれているわけです。
 きょう本を買うにしても、その判断を示す一冊の本の買いかたに私たちの今日もっている文化…

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