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私の青春時代
わたしのせいしゅんじだい
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「青年ノ旗」43号、1947(昭和22)年6月15日発行
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-23 / 2014-09-18
長さの目安約 4 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 わたしの青春について語るとき、そこには所謂階級的なヒロイズムもないし、勤労者的な自誇もない。そこにあるのは一九一四、五年から二三、四年にかけての日本の中流的な家庭のなかで、一人の少女が次第に人間としてめざめてゆく物語があるだけである。それから、一人の少女が若い女となってゆく過程で日本の当時の自由主義がどうその成長に影響し、またつよくのこっている封建性が、どう反作用を加えたかという物語である。
 いまから三十年もむかし、中流の家庭では一人二人の家事手伝いの女をもっているのが普通であった。私の育ったうちにも一人二人のそういう女中さんがいた。その頃、さんづけでよばれることはなく女中とよびすてられた。
 その女中と、中流の子供たちの生活は、親が知っているよりも遙に互に近くむすばれていて、ある意味では主人と親とに対して、共通の秘密をもっていた。上流の子供には、教育ということをわきまえたおつきがつくが、中流の家庭で、女中を一人おくぐらいの経済事情のところでは地方の――福島や茨城、千葉などから働きに出て来た娘たちと、その家の子供の生活とが絡み合ってゆくのであった。
 その娘たちは粗野であり、子供たちに対して自然だった。というのは、腹が立てば箒をふりまわして追っかけたし、きげんがよくて、自分もおなかがすいているときは、おはちから御飯を出して握りめしをこしらえてくれ、水がめからひしゃくで水をのむことを教えた。手ばなをかんでみせた。そして、動物の生殖について、野卑な説明を与え、むきだしに自分たちの興味を示した。書生がいるとき、子供によくわからないけれども何かを意味するいろいろの話が、子供のいるときでもされた。留守番をするながい時間、子供はそういう荒っぽい空気のなかにいる。よごされもせず、わいせつな話の意味を知らず、すがすがしく笑いながら、裏へ出て繩とびなどもしながら。
 なかのいい女中が、母から叱られるということは、一つの事件であった。必ず、わきに立ち傍聴し、前かけをひねくって、時には涙をおとしている女中に同情した。十一二歳になった少女には、稚い正義感が芽生えてそういうとき段々女中の弁護者となって行った。子供は実証主義者だから、母が主人という立場から、かくかくにするべきもの、という論点は分らず、女中がしたことがわるかったか、よかったかということを、めのこで主張し弁護するのであった。「お前はだまっているもんです、子供のくせに!」そう言われるようになった。
 建築技師であった父は明治初年の寛闊な空気のなかに青年時代をすごして、死ぬまで一種の自由主義者であった。母も、女だから、という社会の習慣的なひけめには、観念的であり矛盾ももちながら抵抗しつづけたひとであった。そのために、わたしが十三となり十四五となるにつれ、家庭の重みよりもむしろ通っていた官立の女学校の教師からうける言うに言え…

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