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本郷の名物
ほんごうのめいぶつ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「文京民報」日本共産党文京地区委員会、1949(昭和24)年6月11日号
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-27 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より




 本郷の名物は、いろいろある。たべるものにも、見るものにも。このごろ三丁目のところにマーケット風な店をひろげている小間物店「かねやす」は江戸時代の川柳に「本郷もかねやすまでは江戸のうち」とよまれている。
「赤門」も本郷名物の一つであり、大学正門の銀杏並木も、学内の現実を、初夏はその若葉で、秋にはその黄葉で美化して見せる名物である。
 本郷にはもう一つわたしにとって忘れることのできない名所がある。それは本郷区役所と並んでそびえていた本富士警察署の留置場である。一九三〇年代にいくらかでも解放運動に関係のあった人は、日本の各地方に名所的警察署があることを知っていた。本富士署は、東大をひかえて、左翼の理論を追求する学生をいつも多勢留置しなければならないために、留置場の看守たちは、ひどく風変りな独自性を身につけていた。ひっぱって、ぶちこむ(どちらも彼らの常用語であった)学生たちと理くつでいい合えば看守に分があろうわけはない。東大の学生その他に対し、本富士署の看守は、全く軍隊式にやることをかしこい手段と発見した。
 軍隊式というのは、入って来るやいなや、些細なことをきっかけに先ず、ビンタをくわせ、ここをどこだと思っていやがる。地獄の三丁目だぞ? とどなりつける。そして、すべての機会をのがさず、コンクリートのせまい廊下へひきずりだして、古タイヤのなかの赤いゴム・チューブで、留置者をひっぱたくのだった。女でも、ひろい室の真中に一列に正座させて、どこにも背中のもたせられないようにし、すこし居眠りしていると監房の大きな錠前をひどい音でガチャン! とたたきつけて、おどろかした。時間ぎめで、順ぐり用便させるとき、すこし手間をかけている男に、きくにたえない悪罵をあびせながら、水道栓にホースをつけて、かがんでいる者の頭の上から水をぶっかけた。どこでも、女のためにはいくらかの心づかいをして、たとえば、朝おきたばかりのときは女をさきに便所にやるようにしていたのに、本富士では女をあとにして、しかも掃除をすましてからでなければ、許さなかった。こういうことは、自由な生活のなかでは想像できない苦痛を与えることだった。
 戦災で本富士署が焼けおちて数日後、わたしはあそこを通りがかった。第一に心にうかんだのは留置人で、やけ死された人はいなかったろうかということであった。
「やぶそば」のありなしや「のんき」のあるなしはともかく、本富士署のあの留置場空気だけは、土台まで焼けおちてもう二度と存在を許されるべきものでない。
〔一九四九年六月〕



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