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生きている古典
いきているこてん
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十七巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年3月20日
初出「マルクス=エンゲルス選集」月報第1号、1949(昭和24)年11月30日発行
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2003-12-30 / 2014-09-18
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 マルクス=エンゲルス全集というと、赤茶色クロース表紙の書籍が、私たちの目にある。この本のために、これまでの日本の読者は、どんなに愛情を経験し、また苦労をなめてきただろう。階級のある社会に生活をいとなんでいる以上、そのなかで働いて生活している者であるかぎり、文化の仕事をしていようと肉体の労働にしたがっている人々であろうと、いわば常識の底岩として、それぞれの理解力にしたがって生活知識のうちにうけいれられていていいはずの、この本の赤茶色が、日本では思想犯のきせられる煉瓦色の獄衣の色に通じていた。過去十数年の間、ひどい時期には、この赤茶色の本は、たとえ一冊でも、徳川時代の禁書のように天皇制権力の目からかくされた。そして、かくされればかくされるほど、それは人々の生活の奥へもぐり、現実によってその理論の真実をたしかめられつつ思想の底にしみいって生きつづけ、こんにちヨーロッパとアジアにはばひろく流れる人民民主主義への源泉となった。
 マルクス=エンゲルス全集については、またもう一面の苦労があった。それは、翻訳の文章がむずかしいことである。ドイツ語のよめる人はいつもドイツ語の原文はよくわかると云っていた。これまでの改造社版ができた頃の日本の解放運動のなかで、一つの癖のように使われたぎくしゃくした明晰を欠いた文章がひっかかりとなって、たださえむずかしい部分が、まるでむずかしかった。ほんとに頭が痛くなった。マルクス=エンゲルスの論理的な文章と日本語の構成的集約的でない言語の性格との間から、がたがたしたところができていたのだろう。
 こんど新しくマルクス=レーニン主義研究所からもっとも信頼できる人々の手でマルクス=エンゲルス選集が出版されることを私はひじょうにたのしみに思い、よろこばしく思う。こういう本は、学問上の一定のむずかしさはさけがたいにしろ、こんなに急速に発展する人類の生きている古典として、だれにでも、その人の必要と理解力に応じて役に立てられてゆくものでなくてはならない。マルクス=エンゲルス全集というと、その書籍を飾っておくこともその一部分をよんだということも一つのこけおどしであった時代はとうにすぎ去っている。
 私は「資本論」をよみとおすことはできなかったけれども、他の部分では、作家として、女として、多くのことを学ぶことができた。文学が、これからますます人民の歴史を語るものになろうとしているとき、文学者は既成の「文学」の枠内で、新らしい骨格を養うことは、ほとんど絶対に不可能である。文章の上からだけいっても社会科学の用語が、小説のなかの生きた言葉になりつつある。生活の現実と実感がそこまでひろがって来ている。
 新版のマルクス=エンゲルス選集は、現代作家のだれだれのところに置かれるようになるだろうか。マルクス=エンゲルス全集、レーニン全集、スターリンの論文集と三つを眺めわ…

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