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大菩薩峠
だいぼさつとうげ
副題09 女子と小人の巻
09 じょしとしょうじんのまき
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「大菩薩峠3」 ちくま文庫、筑摩書房
1996(平成8)年1月24日
初出第九巻「女子と小人の巻」「都新聞」1918(大正7)年 5月2日~6月20日
入力者(株)モモ
校正者原田頌子
公開 / 更新2001-10-03 / 2014-09-17
長さの目安約 105 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

         一

 伊勢から帰った後の道庵先生は別に変ったこともなく、道庵流に暮らしておりました。
 医術にかけてはそれを施すことも親切であるが、それを研究することも根がよく、ひまがあれば古今の医書を繙いて、細かに調べているのだが、どうしたものか先生の病で、「医者なんという者は当にならねえ、人の病気なんぞは人間業で癒せるもので無え」と言って、自分で自分を軽蔑したようなことを言うから変り者にされてしまいます。そうかと思うと、「人の命を取ることにかけては新撰組の近藤勇よりも、おれの方がズット上手だ、今まで、おれの手にかけて殺した人間が二千人からある」なんというようなことを言い出すから穏かでなくなってしまうのです。どこから手に入れたか、この日は舶来の解剖図を拡げて、それと一緒に一挺のナイフを弄りながら独言を言っています。
「毛唐は面白いものを作る、こうすれば鎌になる」
 ナイフの刃を角に折り曲げて鎌の形にし、
「それからまた、こうすれば燧に使える、こうして引き出せば庖丁にもなり剃刀にもなる」
 たあいないことを言って、ナイフをおもちゃにして解剖図を研究しているところへ、
「先生」
「何だ」
「お客でございます」
「お客? いま勉強しているところだから、大概のお客なら追払っちまえ」
「与八さんが来ました」
「与八が?」
「与八さんが馬を曳いて来ました」
「与八が馬を曳いて来た? そいつは面白い、こっちへ通せ」
 与八が沢井から久しぶりで道庵先生を訪れて来ました。
「与八、お前が来たから今日は、おれも久しぶりで江戸見物をやる、どうだ、両国へでも行ってみようか」
「お伴をしましょう」
 その翌日、道庵は与八をつれて両国へ出かけました。与八の背には郁太郎が温和しく眠っています。
 道庵先生は両国へ行く途中も、例の道庵流を発揮して通りがかりの人を笑わせました。
「あそこが両国だ、大きな川があるだろう、間を流るる隅田川というのがあれだ。向うは上総の国で、こっちが武蔵の江戸だから、昔し両国橋と言ったものだが、今はあっちもこっちもお江戸のうちだ。どうだい、景気がいいだろう、幟があの通り立ってらあ、橋の向うとこっちに見世物小屋が並んでる、見物人がいつでもあの通り真黒だ、木戸番が声を嗄らしていやがる。与八、うっかりあの前へ行ってポカンと立っていると巾着切に巾着を切られるから用心しろ、ぐずぐずしていると迷児になるから、おれの袖をしっかり捉めえていろ、自分の足を踏まれぬように、背中の子供を押しつぶされねえように気をつけて」
 こうして二人は両国の人混みへ入り込んで行きました。
「先生、こりゃ何だい」
 与八はいちいち見世物の絵看板の前で立ち止まる。
「こりゃその駱駝の見世物だ」
「駱駝というのは何だろう、馬みたような変てこなものだな」
「そりゃ南蛮の馬だ」
「背中に瘤がある」
「あ…

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