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大利根八十里を溯る
おおとねはちじゅうりをさかのぼる
作品ID4079
著者野口 雨情
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 野口雨情 第六巻」 未來社
1986(昭和61)年9月25日
初出「東京日日新聞」1926(大正15)年7月29日、8月3日、8月4日
入力者林幸雄
校正者今井忠夫
公開 / 更新2003-12-10 / 2016-02-07
長さの目安約 9 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   前橋の鈴蘭燈籠

 停車場前から市街の外側をめぐる、新にひらかれた八間道路は前橋市の一偉観である。鈴懸けの街路樹が深緑の葉を夕風にそよがせて、見るからに涼しげであつた。夜は鈴蘭の花にかたどつた鈴蘭燈籠がついて、夏の夜にふさはしい『明け易き』といふ感じがある。民謡二篇。
   ○
来たらよく見な
鈴蘭燈籠
小花四つで
親一つ
   ○
夜の前橋ア
鈴蘭燈籠
お月ヤ出なくも
闇はない

   榛名と赤城の連山

 西には榛名の連山が見え、北には赤城の連山が見える。前橋市は自然美の中につつまれてゐる都会である。民謡三篇。
   ○
榛名山から
烏の子でも
おれと遊びに
飛んで来な
   〇
赤城山から
兎の子でも
おれと遊びに
はねて来な
   ○
烏ア来ぬ来ぬ
兎も来ない
おれと遊ぶが
いやなのか

   越後街道を渋川へ

 前橋市から、越後街道を利根の流れにそふて、渋川へ向ふ。この辺一帯に桑畑である。童謡一篇。
   ○
ここらあたりは
桑畑
蚕さんが見たなら
はつて来よな
アララノラツテバ
アララノラ

 桑畑の中の、ところどころに芋畑があつて、いもの葉が川風にそよいでゐる。民謡一篇。
   ○
土用が来たから
畑のいもは
子でも出来たか
いそいそと

 行くことおよそ二里、群馬県下で一番古い鉄橋の坂東橋がある。利根の水はすさまじい勢ひで橋の下を流れてゐる。この辺が利根川唯一のあゆの産地と聞いた。

あゆは瀬にひれふりありあそび
われは野に子供と共に旗ふり遊ぶ

 且て長良川に遊びしときの旧作なぞ思ひ出して坂東橋を渡る。民謡一篇。
   ○
坂東橋渡る
坂東橋渡る

小あゆこつち見た
狐花咲いた

咲いてしぼんで
また咲いた

小あゆこつち見な
狐花咲いた

 このあたりの田園には、赤い狐花がそちこちに咲いてゐた。

   半田烏に八木原狐

 坂東橋を越せば、有名な群馬県の模範村古巻村である。十数年前までは『半田烏に八木原狐』とうたはれたほど、淫靡極まる不良村であつたのが、現村長儘田氏の努力によつて今では全国でも有数の模範村となつたのである。儘田氏が今日までの努力は、涙なしでは聞かれぬ幾多の美談がある。村人が今二宮と称して儘田氏を尊敬してゐるのを見ても如何に実践実行の人格者であるかが想像される。童謡一篇。
   ○
儘田村長さんは
鉄砲打つた

半田烏は
もうゐない

八木原狐も
もうゐない

儘田村長さんは
鉄砲打つた

 やがて、渋川町へ着いた。大利根は渋川で二つにわかれて、一つは沼田方面へ、一つは草津方面へ、となる。私は草津方面へ利根の水源吾妻川にそふて渋川を立つた。いよいよ之からが私の書かうとする利根水源の探勝記である。民謡一篇。
   ○
上州渋川
また来るまでは
おれが来たとは
話すなよ

   長野街道の宿場

 越後街道は渋川で二つ…

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