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黄金の甕
こがねのかめ
著者
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 野口雨情 第六巻」 未來社
1986(昭和61)年9月25日
初出「小学男生」1921(大正10)年8月号
入力者林幸雄
校正者今井忠夫
公開 / 更新2003-12-11 / 2016-02-07
長さの目安約 3 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 このお譚は、わたしが少年の頃に、安寧寺と云ふお寺の和尚さんから聞いたお譚です。和尚さんは、いいか、この譚のもとは、この村に、幾百年だか判らないほど古くから言ひ伝へてあつた譚ぢや、忘れずにゐてくれ――と、斯う云つて話されたのです。
 それ、ここから見えるあの田甫ぢや、あれが、この村の開けないずつと往昔は一面の沼だつたのぢや、蘆や蒲が生え茂つてゐて、鳰だの鴨だのが沢山ゐたもんぢや。今学校のある丘の上には、長鍬の長者と云ふ田が千町、畑が千町、山が千町合せて三千町の土地を持つた豪い長者が住んでをつたのぢや。
 ある日、長者が櫓へあがつて沼の中を見渡すと、沼の中には一羽の白鳥が餌をあさつてゐたのぢや。長者は、急にその白鳥がほしくなつて、下僕にいひつけて射らせたのぢや。矢は白鳥にあたつて白鳥は死んで了つたのぢやが、その白鳥が車の庄といふ、これも素晴しい物持ちの長者が家で大切がつておいた白鳥だつたのぢや。
 さア、斯うなると車の庄から長鍬の長者がところへ『何故、白鳥を殺したか』と談判の使者が来た、長鍬の長者の方では『沼の中にゐた野鳥だから射殺したまでで、談判なぞ受ける覚えはない』と答へたのぢや。
 使者が帰つて、その通り話すと、車の庄の長者は『白鳥を射殺しておきながら、けしからん言分ぢや』と怒つて了つたのぢや。それが因で、たうとう戦になつたのぢや。いいか。五月雨の降る晩に、車の庄の長者は、八百人の家来をつれて、長鍬長者が屋敷へ押し寄せて来たのぢや。長鍬の長者の方でも、四方の門を閉め切つて、七日七夜も戦つたのぢや。怪俄人は出来る、死人は出来る、いやはや目も当てられぬ激しい戦だつたのぢや。
 丁度、八日目の夜明け方に、長鍬の長者はたうとう攻め落されて了つたぢや。その時長者は、黄金の甕を下僕に負はせて、今もこの村の真中に流れてゐるあの川の岸まで落ちのびて来たのぢやが、毎日の五月雨で水は増してゐるし、橋も舟もないし、困り切つてゐると、車の庄の家来は、後から後から追ひかけて来たのぢや。長者は、せめて黄金の甕だけでも敵に渡すまいと、急いで河原の土を掘つて埋めて了つたのぢや。そのまま長者も下僕も討死にして了つたから、黄金の甕を埋めたことも、埋めた場所も、誰一人知らずに幾百年も幾百年も過ぎて了つたのぢや。
 それからだんだん歳がたつて、沼は田甫になるし、家の数は増えて来るし、まるつ切りこの村が変つて了つた、今からおよそ百年も前ぢやが、あの川縁へ、跛の一ツ目小僧が出たのぢや。

今にも、ざんぶりこ
長鍬様の
長者が 恋し

と、うたひながら一ツ目小僧は、人さへ通れば、片足を川へ踏みはづしさうに、ぴツこりぴツこりと歩いたもんぢや。
 それが村中の評判になつて、川縁を通るものが一人もなくなつて了つたのぢや。その頃この寺の檀家に藤右衛門と云ふのがあつて『俺が一つ見とどけてやらう』と出かけていつ…

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