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チュウリップの幻術
チュウリップのげんじゅつ
作品ID4087
著者宮沢 賢治
文字遣い新字新仮名
底本 「インドラの網」 角川文庫、角川書店
1996(平成8)年4月25日
入力者土屋隆
校正者川山隆
公開 / 更新2008-06-29 / 2014-09-21
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 この農園のすもものかきねはいっぱいに青じろい花をつけています。
 雲は光って立派な玉髄の置物です。四方の空を繞ります。
 すもものかきねのはずれから一人の洋傘直しが荷物をしょって、この月光をちりばめた緑の障壁に沿ってやって来ます。
 てくてくあるいてくるその黒い細い脚はたしかに鹿に肖ています。そして日が照っているために荷物の上にかざされた赤白だんだらの小さな洋傘は有平糖でできてるように思われます。
(洋傘直し、洋傘直し、なぜそうちらちらかきねのすきから農園の中をのぞくのか。)
 そしててくてくやって来ます。有平糖のその洋傘はいよいよひかり洋傘直しのその顔はいよいよ熱って笑っています。
(洋傘直し、洋傘直し、なぜ農園の入口でおまえはきくっと曲るのか。農園の中などにおまえの仕事はあるまいよ。)
 洋傘直しは農園の中へ入ります。しめった五月の黒つちにチュウリップは無雑作に並べて植えられ、一めんに咲き、かすかにかすかにゆらいでいます。
(洋傘直し、洋傘直し。荷物をおろし、おまえは汗を拭いている。そこらに立ってしばらく花を見ようというのか。そうでないならそこらに立っていけないよ。)
 園丁がこてをさげて青い上着の袖で額の汗を拭きながら向うの黒い独乙唐檜の茂みの中から出て来ます。
「何のご用ですか。」
「私は洋傘直しですが何かご用はありませんか。若しまた何か鋏でも研ぐのがありましたらそちらのほうもいたします。」
「ああそうですか。一寸お待ちなさい。主人に聞いてあげましょう。」
「どうかお願いいたします。」
 青い上着の園丁は独乙唐檜の茂みをくぐって消えて行き、それからぽっと陽も消えました。
 よっぽど西にその太陽が傾いて、いま入ったばかりの雲の間から沢山の白い光の棒を投げそれは向うの山脈のあちこちに落ちてさびしい群青の泣き笑いをします。
 有平糖の洋傘もいまは普通の赤と白とのキャラコです。
 それから今度は風が吹きたちまち太陽は雲を外れチュウリップの畑にも不意に明るく陽が射しました。まっ赤な花がぷらぷらゆれて光っています。
 園丁がいつか俄かにやって来てガチャッと持って来たものを置きました。
「これだけお願いするそうです。」
「へい。ええと。この剪定鋏はひどく捩れておりますから鍛冶に一ぺんおかけなさらないと直りません。こちらのほうはみんな出来ます。はじめにお値段を決めておいてよろしかったらお研ぎいたしましょう。」
「そうですか。どれだけですか。」
「こちらが八銭、こちらが十銭、こちらの鋏は二丁で十五銭にいたしておきましょう。」
「ようござんす。じゃ願います。水がありますか。持って来てあげましょう。その芝の上がいいですか。どこでもあなたのすきな処でおやりなさい。」
「ええ、水は私が持って参ります。」
「そうですか。そこのかきねのこっち側を少し右へついておいでなさい。井戸…

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