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五大堂
ごだいどう
作品ID4093
著者田沢 稲舟
文字遣い新字旧仮名
底本 「田澤いなぶね作品集」 無明舎出版
1996(平成8)年9月10日
入力者もりみつじゅんじ
校正者しだひろし
公開 / 更新2002-02-04 / 2014-09-17
長さの目安約 35 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

   (一)

 世にうれしき事はかずあれど、親が結びし義理ある縁にて、否でも否といひいでがたき結髪の夫にもあれ、妻にもあれ、まだ祝言のすまぬうち、死せしと聞きしにまさりたるはあらずかし。こゝに娘で名高き青柳子爵の一人姫糸子といへるも未来の夫とさだめし人の、心に染まぬそれ故に、うき年月をおくりしが、この頃おもき病にてうせしときゝしうれしさに、今まで青き顔色も、きのふにかはる美くしさ。しづみ心もうき立ちて、腰元どもを相手とし、遊びに余念もあらぬ折から、兄の房雄は入りきたりて「オヤ糸子さん、造花ですか、ヤア照も初も大変上手になつたね」といはれて二人ははづかしさうに「どういたしまして私どもはとてもお姫様のやうにはできませんもの」「いやさうぢやない、中々うまいよ」糸子はにこにこわらひながら「兄様、あなたには花籠をこさへて上げませうか」「アどうか……私には牡丹をこさへててうだい」糸子はさくらの葉に蝋を引ながら「牡丹は下手ですもの」「下手でもいゝの」「ぢやあしたまでね」「アア……それから今私は一寸学校に行てくるが、留守にいつもの丁さんが来るかもしれないから其時は糸子さん、否でもすこしの間話相手になツてゐて下さいよ、ぢきかへるから……ね、外の人ぢやないからいゝでせう」なに故か糸子は顔をあかめながら「ハイ私には面白いお話なんぞできませんけれども、照も初もゐますから屹度お引とめ申しておきますよ」と腰元二人の方を見る、照はすこし笑ひながら「どうして、私どもなんぞお引とめ申たつて、なんのかひも御座いませんが、お姫様がお引とめ遊すもんなら、どんなお忙しい時だつて、今宮様は屹度そりや、お帰りになる気づかひはありませんよね、お初さん」これもおなじく笑ひながら「ハアさうですとも、ね、若様、只今照が申通りで御座いますから、御心配なさらずと、早くお出遊ばせ。」
    ×         ×         ×
 噂をすればかげとやら、まもなくきたりし今宮は、優にやさしき姿ゆかしく、心ある人は其艶なるにまよはされて、我にもあらずたましひもありかさだめず、うかれいづべけれど、心なき人々はいかににやけし男とや見ん。衣服はれいの小紋の三枚かさねに、黒ちりの羽織なまめかしく、献上博多帯のあたり、時々ちらつく金鎖に、収入にくらべて借金の程もしられ襟のほとりの香水も、安物ならぬしるしには、追風遠くかをる床しさ。お初もお照も無言のまゝ、しばし見とれてぼんやりせしが稍ありて心づき茶菓もてこんとていでゆくを見おくりながら、今宮はきまりわるげの糸子にむかひ「ハハアさうでしたか、しかしお留守のところへ上つて、お気の毒でございますね」姫はいとゞはづかしげに「どういたしまして兄はぢきかへりますから御退屈でせうがすこしお待ち遊ばせな」「ハイありがたう……イヤどうか決しておかまひ下さらないやうに」糸子はかたへの写真帖をい…

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