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解剖室
かいぼうしつ
作品ID410
著者三島 霜川
文字遣い旧字旧仮名
底本 「現代日本文學全集 84 明治小説集」 筑摩書房
1957(昭和32)年7月25日
入力者小林徹
校正者関延昌夫
公開 / 更新1998-09-30 / 2014-09-17
長さの目安約 33 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 これ、解剖學者に取ツては、一箇神聖なる物體である、今日解剖臺に据ゑられて、所謂學術研究の材となる屍體は、美しい少女の夫であツた。此樣なことといふものは、妙に疾く夫から夫へとパツとするものだ、其と聞いて、此の解剖を見る級の生徒の全は、何んといふことは無く若い血を躍らせた。一ツは好奇心に誘られて、「美しい少女」といふことが強く彼等の心に響いたのだ。中には「萬歳」を叫ぶ剽輕者もあツて、大騷である。
 軈て鈴が鳴る、此の場合に於ける生徒等の耳は著しく鋭敏になツてゐた。で鈴の第一聲が鳴るか鳴らぬに、ガタ/\廊下を踏鳴らしながら、我先にと解剖室へ駈付ける。寧ろ突進すると謂ツた方が適當かも知れぬ。
 解剖室は、校舍から離れた獨立の建物で、木造の西洋館である。栗色に塗られたペンキは剥げて、窓の硝子も大分破れ、ブリキ製の烟出も錆腐ツて、見るから淋しい鈍い色彩の建物である。建物の後は、楡やら楢やら栗やら、中に漆の樹も混ツた雜木林で、これまた何んの芬も無ければ色彩も無い、恰で枯骨でも植駢べたやうな粗林だ。此の解剖室と校舍との間は空地になツてゐて、ひよろりとした[#挿絵]の樹が七八本、彼方此方に淋しく立ツてゐるばかり、そして其の蔭に、または處々に、雪が薄汚なくなツて消殘ツてゐる。地は黝ずんで、ふか/\して、ふとすると下萠の雜草の緑が鮮に眼に映る。此の空地を斜に横ぎツて、四十人に餘る生徒が、雁が列を亂したやうになツて、各自に土塊を蹴上げながら蹴散らしながら飛んで行く。元氣の好い者は、ノートを高く振[#挿絵]して、宛態に演習に部下でも指揮するやうな勢だ、てもなく解剖室へ吶喊である。何時も自分で自分の脈を診たり、胸をコツ/\叩いて見たりして、始終人體の不健全を説いてゐる因循な醫學生としては、滅多と無い活溌々地の大活動と謂はなければなるまい。
 其の騷のえらいのに、何事が起ツたのかと思ツたのであらう。丁ど先頭の第一人が、三段を一足飛に躍上ツて、入口の扉に手を掛けた時であツた。扉を反對の裡からぎいと啓けて、のツそり入口に突ツ立ツた老爺。學生はスカを喰ツて、前へ突ン[#挿絵]ツたかと思ふと、頭突に一ツ、老爺の胸のあたりをどんと突く。老爺は少し踉いたが、ウムと踏張ツたので、學生は更に彈ツ返されて、今度は横つ飛に、片足で、トン、トンとけし飛ぶ……そして壁に打突ツて横さまに倒れた。
 老爺は、其には眼も呉れない。入口に立塞ツて、「お前さん達は、何をなさるんだ。」
 と眼を剥き出して喚く。野太い聲である。
 ガア/\息を喘ませながら、第二番目に續いた學生は、其の勢にギヤフンとなツて、眼をきよろつかせ、石段に片足を掛けたまゝ立往生となる。此う此の老爺に頑張られて了ツては、學生等は一歩も解剖室に踏入ることが出來ない。
 老爺は、一平と謂ツて、解剖室專屬の小使であツた。名は小使だが、一平には特殊の技能と一…

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