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葉書
はがき
著者
文字遣い旧字旧仮名
底本 「石川啄木作品集 第二巻」 昭和出版社
1970(昭和45)年11月20日
初出「スバル 第十号」1909(明治42)年10月1日号
入力者Nana ohbe
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-04-12 / 2014-09-17
長さの目安約 25 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 ××村の小學校では、小使の老爺に煮炊をさして校長の田邊が常宿直をしてゐた。その代り職員室で使ふ茶代と新聞代は宿直料の中から出すことにしてある。宿直料は一晩八錢である。茶は一斤半として九十錢、新聞は郵税を入れて五十錢、それを差引いた殘餘の一圓と外に炭、石油も學校のを勝手に使ひ、家賃は出さぬと來てるから、校長はどうしても月五圓宛徳をして居る。その所爲でもあるまいが、校長に何か宿直の出來ぬ事故のある日には、此木田訓導に屹度差支へがある。代理の役は何時でも代用教員の甲田に轉んだ。もう一人の福富といふのは女教員だから、自然と宿直を免れてゐるのである。
 その日も、校長が缺席兒童の督促に出掛けると言ひ出すと、此木田は春蠶が今朝から上簇しかけてゐると言つて、さつさと歸り支度をした。校長も、年長の生徒に案内をさせる爲めに待たしてあるといふので、急いで靴を磨いて出懸けた。出懸ける時に甲田の卓の前へ來て、
『それでは一寸行つて來ますから、何卒また。』と言つた。
『は、御緩り。』
『今日は此木田さんに宿直して貰ふ積りでゐたら、さつさと歸つて了はれたものですから。』校長は目尻に皺を寄せて、氣の毒さうに笑ひ乍ら斯う言つた。そして、冬服の上着のホックを叮嚀に脱して、山樺の枝を手頃に切つた杖を持つて外に出た。六月末の或日の午後でである。
 校長の門まで行く後姿が職員室の窓の一つから見られた。色の變つた獨逸帽を大事さうに頭に戴せた恰好は何時みても可笑しい。そして、何時でも脚氣患者のやうに足を引擦つて歩く。甲田は何がなしに氣の毒な人だと思つた。そして直ぐ可笑しくなつた。やかまし屋の郡視學が巡つて來て散々小言を云つて行つたのは、つい昨日のことである。視學はその時、此學校の兒童出席の歩合は、全郡二十九校の中、尻から四番目だと言つた。畢竟これも職員が缺席者督促を[#挿絵]行しない爲めだと言つた。その責任者は言ふ迄もなく校長だと言つた。好人物の田邊校長は『いや、全くです。』と言つて頭を下げた。それで今日は自分が先づ督促に出かけたのである。
 この歩合といふ奴は始末にをへないものである。此邊の百姓にはまだ、子供を學校に出すよりは家に置て子守をさした方が可いと思つてる者が少なくない。女の子は殊にさうである。急しく督促すれば出さぬこともないが、出て來た子供は中途半端から聞くのだから教師の言ふことが薩張解らない。面白くもない。教師の方でも授業が不統一になつて誠に困る。二三日經てば、自然また來なくなつて了ふ。然しそれでは歩合の上る氣づかひはない。其處で此邊の教師は、期せずして皆出席簿に或手加減をする。そして、嘘だと思はれない範圍で、歩合を誤魔化して報告する。此學校でも、田邊校長からして多少その祕傳をやつてゐるのだが、それでさへ仍且尻から四番目だと言はれる。誠に始末にをへないのである。甲田は初めそんな事を知ら…

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