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逆徒
ぎゃくと
作品ID4145
著者平出 修
文字遣い新字旧仮名
底本 「定本 平出修集」 春秋社
1965(昭和40)年6月15日
入力者林幸雄
校正者松永正敏
公開 / 更新2003-06-27 / 2014-09-17
長さの目安約 43 ページ(500字/頁で計算)

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本文より

 判決の理由は長い長いものであつた。それもその筈であつた。之を約めてしまへば僅か四人か五人かの犯罪事案である。共謀で或る一つの目的に向つて計画した事案と見るならば、むしろこの少数に対する裁判と、その余の多数者に対する裁判とを別々に処理するのが適当であつたかもしれない。否その如く引離すのが事実の真実を闡明にし得たのであつたらう。三十人に近い被告が、ばら/\になつて思念し行動した個々の犯罪事実を連絡のあるもの、統一のあるものにして了はうとするには、どこにか総括すべき楔点を先づ看出さなければならない。最も近い事実を基点とし、逆に溯りて其関係を繹ね系統を調べて、進んで行つた結果は、二ヶ年も前の或る出来事に一切の事案の発端を結びつけなければならなかつた。首謀者は秋山亨一であると最初に認定を置いて、彼が九州の某、紀州の某に或ることを囁いたのがそも/\の起因である。それから某は九州に某は大阪及紀州に、亨一は又被告人中に唯一人交つて居る婦人の真野すゞ子に、それから一切の被告に行き亘つて話合したと云ふ荒筋が出来上つた。一寸聞けば全くかけ放れた事実であるかの様にも思はれる極めて遠い事実から段々近く狭く限つて来て、刑法の適用をなし得る程度に拵上げ、取纏め引きしめて来るまでの叙述は、あの窮屈な文章の作成と共に、どれ丈けの骨折が費されたであらう。想ひやられる事であつた。裁判長はもう半白の老人である。学校を出るなりすぐに司法部にはいつて、三十年に近い春秋を迎へ且つ送つた人である。眼円に頬骨高く、顎の疎髯に聊かの威望を保たせてあるが、それ程に厳しい容貌ではない。といつて柔しみなどは目にも口元にも少しも見ることが出来ない。前後二十回に亙つて開かれた公判廷に於て彼はいつも同じ態度同じ語調で被告を訊問した。出来ることならどの被告に向つても同じ問を発し、同じ答を得たいものだと希望して居るかの様にも思はれた。被告が幾十人あらうとも事件は一つである。彼はかう思つて単位を事件そのものに置くらしく、被告個々の思想や感情や意志は彼に多くの注意を費さすことではないらしいのであつた。三角形の底辺には長さがある。しかし頂点は只点である。すべての犯罪事実を綜合し帰納して了へば、原因動機発端経過は一点に纏る。曰く責任能力ある人が為した不法行為。彼はこの結論に到着してしまへばそれで任務は済むと思つて、底辺の長さを縮むることにのみ考を集めて居る。膠もない、活気もない、艶も光もない渋紙色した彼の顔面に相当する彼の声は、常に雑音で低調で、平板である。彼が顔面に喜怒哀楽の表情が少しも現れないと等しく彼の声にも常に何等の高低はない。もし彼の顔面筋の運動から彼の心情を読むことが不可能であるとするならばそれは彼の声調に就いてゞも亦同じことが想はれる。之れ彼の稟性であるのか将修養の結果であるか。何れにせよ、此点だけは裁判長としての得…

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