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えさ
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「宮本百合子全集 第十八巻」 新日本出版社
1981(昭和56)年5月30日
初出「宮本百合子全集 第十五巻」河出書房、1953(昭和28)年1月
入力者柴田卓治
校正者磐余彦
公開 / 更新2004-04-28 / 2014-09-18
長さの目安約 7 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 硝子戸もない廊下では、朝夕の風がひどく身にしみるようになった。二間半と、鍵の手に曲って一間の縁側は東南に面して居るのだが、午後になると、手洗鉢を中心とした三尺ばかりの処にしか、暖い日光は耀らない。三時前から、ひえびえとした冷たさが、滑らかな板の面を流れる。夏じゅう、六番ほどの小鳥を入れた籠は、その曲った方の板敷に置かれて居た。夫の書斎から差すほのかな灯かげの闇で、夜おそく、かさかさと巣の中で身じろぐ音などが聞える。
 ところが四五日前、一羽の紅雀が急に死んで仕舞った。朝まで元気で羽並さえ何ともなかったのに、暮方水を代えてやろうとして見ると、思いもかけない雄の鮮やかな紅葉色の小さい体が、淋しく止木の下に落ちて居たのである。
 艷やかな羽毛の紅色は褪せず、嘴さえルビーを刻んだようなので、内部の故障とは思い難い。丁度前の晩が霜でも下りそうに冷えたので、きっとその寒さに当たったのだろうと、夫は云う。
 彼は、他のものまで凍えさせては大変だと云う風で、一も二もなく火の気のある室内に籠を引入れた。籠は彼の手造りである。無骨な、それでも優しい暢やかな円天井を持った籠の中で、小鳥等は崩れる薔薇の響をきき乍ら、暖かい夢を結ぶようになった。
 顔を洗いに行こうとして、何時ものように籠傍を通ると、今朝はどうしたのか、ひどく粟が乱雑になって居るのに心付いた。籠の中に散って居るばかりか、一尺も間のある床の間まで、黄色い穀粒は飛んで居る。其にも無頓着で、彼等は、清らかな朝日を浴びて、枝から枝へと遊んで居る。いずれ行儀のわるい「じゅうしまつ」が、例の通り体ごと餌壺に入って、ちっ、ちっと、首を振り振り撒きちらしたのだろう。私はそのまま忘れて仕舞った。
 やがて昼近くなり、まつが食事のことで物を尋ねに来た。そのきっかけに私は机の前を立って、縁側に出た。直射する光線を嫌う私の机は、北向の小部屋の隅にある。何処となく薄ら時雨れた日、流石に自分もぬくぬくとした日向のにおいが恋しく感じられたのである。来年の花の用意に、怠りなく小さい芽を育てて居る蘭の鉢などを眺めながら、何心なく柱に倚って居ると、頻りに鳥籠が騒々しい。
 障子が一枚無人の裡に開け放されて居たのを思い出し、或は猫でもかかったのではないかと心付いた。私は立って行って、上から細かい網目の中を覗いた。そして、意外にも、餌壺に一粒の粟さえないのを発見した。
 いつも、さくさくとした細やかな実が、八分目以上も盛られたのばかりを見馴れた自分の眼に、六寸程の直径を持った瀬戸物の白い底が、異様に冷たく空虚に見えた。微かなショックに似たものをさえ、私は胸の辺に覚えた。
 今朝目を牽いた床の間の粟の理由も自ら明かになった。餌壺は、恐らく昨晩のうち、僅かの選屑と、なかみを割って食べた殼ばかりになって居たのだろう。二時迄机に向って居なければならなかった私共に…

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