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Kの昇天
ケーのしょうてん
副題或はKの溺死
あるいはけいのできし
著者
文字遣い新字新仮名
底本 「檸檬・ある心の風景 他二十編」 旺文社文庫、旺文社
1972(昭和47)年12月10日
初出「青空」青空社、1926(大正15)年10月号
入力者j.utiyama
校正者野口英司
公開 / 更新1998-10-10 / 2016-07-05
長さの目安約 12 ページ(500字/頁で計算)
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本文より

 お手紙によりますと、あなたはK君の溺死について、それが過失だったろうか、自殺だったろうか、自殺ならば、それが何に原因しているのだろう、あるいは不治の病をはかなんで死んだのではなかろうかと様さまに思い悩んでいられるようであります。そしてわずか一と月ほどの間に、あの療養地のN海岸で偶然にも、K君と相識ったというような、一面識もない私にお手紙をくださるようになったのだと思います。私はあなたのお手紙ではじめてK君の彼地での溺死を知ったのです。私はたいそうおどろきました。と同時に「K君はとうとう月世界へ行った」と思ったのです。どうして私がそんな奇異なことを思ったか、それを私は今ここでお話しようと思っています。それはあるいはK君の死の謎を解く一つの鍵であるかも知れないと思うからです。
 それはいつ頃だったか、私がNへ行ってはじめての満月の晩です。私は病気の故でその頃夜がどうしても眠れないのでした。その晩もとうとう寝床を起きてしまいまして、幸い月夜でもあり、旅館を出て、錯落とした松樹の影を踏みながら砂浜へ出て行きました。引きあげられた漁船や、地引網を捲く轆轤などが白い砂に鮮かな影をおとしているほか、浜には何の人影もありませんでした。干潮で荒い浪が月光に砕けながらどうどうと打ち寄せていました。私は煙草をつけながら漁船のともに腰を下して海を眺めていました。夜はもうかなり更けていました。
 しばらくして私が眼を砂浜の方に転じましたとき、私は砂浜に私以外のもう一人の人を発見しました。それがK君だったのです。しかしその時はK君という人を私はまだ知りませんでした。その晩、それから、はじめて私達は互いに名乗り合ったのですから。
 私は折りおりその人影を見返りました。そのうちに私はだんだん奇異の念を起こしてゆきました。というのは、その人影――K君――は私と三四十歩も距っていたでしょうか、海を見るというのでもなく、全く私に背を向けて、砂浜を前に進んだり、後に退いたり、と思うと立ち留ったり、そんなことばかりしていたのです。私はその人がなにか落し物でも捜しているのだろうかと思いました。首は砂の上を視凝めているらしく、前に傾いていたのですから。しかしそれにしては跼むこともしない、足で砂を分けて見ることもしない。満月でずいぶん明るいのですけれど、火を点けて見る様子もない。
 私は海を見ては合間合間に、その人影に注意し出しました。奇異の念はますます募ってゆきました。そしてついには、その人影が一度もこちらを見返らず、全く私に背を向けて動作しているのを幸い、じっとそれを見続けはじめました。不思議な戦慄が私を通り抜けました。その人影のなにか魅かれているような様子が私に感じたのです。私は海の方に向き直って口笛を吹きはじめました。それがはじめは無意識にだったのですが、あるいは人影になにかの効果を及ぼすかもし…

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